P199
名もなき人たち 坂東太郎
関東平野を流れる利根川の別名として
多くの人に知られている名前が、
坂東太郎だ。
坂東とは、関東地方のこと。
その地域を流れる一番大きな川で、
長男を意味する太郎という名前がつき、
坂東太郎と呼ばれるようになった。
ちなみに、四国二郎は吉野川、
筑紫三郎は筑後川。
信濃川も石狩川もランクインしていないところが、
いかにも江戸時代らしい。
今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。
P199
名もなき人たち 坂東太郎
関東平野を流れる利根川の別名として
多くの人に知られている名前が、
坂東太郎だ。
坂東とは、関東地方のこと。
その地域を流れる一番大きな川で、
長男を意味する太郎という名前がつき、
坂東太郎と呼ばれるようになった。
ちなみに、四国二郎は吉野川、
筑紫三郎は筑後川。
信濃川も石狩川もランクインしていないところが、
いかにも江戸時代らしい。
今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。
ドラ猫
名もなき人たち 侘助
ちょうど今の時期に咲く椿の一種、侘助椿。
ここに登場する侘助という人物、
来歴にはいくつかの説がある。
ひとつは、千利休の下僕の名前。
また、文禄・慶長の役の際に
朝鮮半島からこの花を持ち帰った人物が侘助、という説もある。
そしてもうひとつの説も、茶人にまつわるものだ。
利休と同じ時代を生きた、笠原七郎兵衛。
のちに還俗して「侘助」と名乗るのだが、
その彼が愛でてやまなかったのが紅白の小ぶりの椿で、
それがいつしか、侘助椿という名前になった。
侘しさを楽しむ。
そんな意味を考えると、
やはり侘助は、茶人の名前であってほしいと思う。
今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。
スピーチの達人 チャーチル
我々は、海岸で戦う。
敵の上陸地点で戦う。
野原や市街地で戦う。
丘陵で戦う。
我々は、断じて降伏しない。
これは1940年6月4日、
当時のイギリスの首相チャーチルによる、
下院演説での一説だ。
イギリス軍が、ナチスドイツと攻防を繰り広げていた時期であり、
国民の意識を高める必要があった。
チャーチルの演説は、短いセンテンスを繰り返すなど、
聞き手に強い印象を残す技法が多いという。
さすがノーベル文学賞を受賞するだけに、
スピーチのコツを心得ている。
manhhai
スピーチの達人 ホー・チ・ミン
地上のあらゆる民族は、
生まれながらにして平等です。
すべての民族に、生きる権利があります。
幸福で自由になる権利があります。
これは1945年9月2日、
ベトナム民主共和国の独立を宣言するスピーチだ。
ベトナムの革命家、ホー・チ・ミンは、
アメリカ独立宣言やフランス人権宣言など
歴史上の有名な言葉を引用し、
聴衆の心を奪うことに成功した。
このスピーチが終わるころ、
広場は人々の歓声に包まれたそうだ。
スピーチの達人 マルコムX
投票は弾丸に似ている。
標的が目に見えるまで、票を投じてはいけない。
標的が届かないところにあれば、
投票権はポケットの中にしまっておくことだ。
これは1964年4月3日、
オハイオ州の教会で行われたスピーチの一説だ。
アメリカの指導者マルコムXは、美辞麗句を並べない。
挑発的、好戦的な言葉で語りかける。
迫害されてきたアフリカ系アメリカ人に、
選挙の大切さを訴え、聴衆の意識を変えた。
ストレートな表現は、凶器のように心に突き刺さる。
スピーチの達人 シャルル・ドゴール
もはやこれまでなのか?
いっさいの希望を捨てるしかないのか?
敗北は挽回できないのか?
私の答えは「ノン!」
なにがあろうとも、フランスの抵抗の炎は消えない。
消してはならない。
これは1940年6月14日、
フランスの軍人、シャルル・ドゴールによるスピーチだ。
ドイツ軍がパリを陥落させたとき、
ドゴールは訪問中のロンドンから、
ドイツとの戦いを呼びかけた。
軍人らしく、熱を帯び、迷いなど微塵も感じさせない言い方は、
すべてのフランス国民を勇気付けた。
このスピーチの中で、のちに評価されたのは、
「フランスの抵抗の炎」という一説。
聴く人の愛国心を高め、勇気を与える、
見事な比喩表現だと言える。
スピーチの達人 セヴァン・カリス=スズキ
どうやって修理すればいいかわからないなら、
壊すのは、もうやめてください。
この有名な言葉は、1992年6月11日、
地球サミット総会でのスピーチだ。
カナダの環境保護活動家、セヴァン・カリス=スズキは、
9歳のときに環境学習グループを設立し、
12歳で地球サミット総会の壇上に立っていた。
スピーチは、およそ6分間。
情熱的に、シンプルに、
自分の言葉で堂々と語る。
それだけで、すべての人が魅了された。
スピーチの巧さに年齢など関係ないことを
彼女は教えてくれる。
酉年の人 松本清張
毎日が当たり前のように過ぎていき、
時の流れに慣れ過ぎてしまう。
その淀んだ気持ちをまっさらにしてくれるのが、
お正月なのかもしれません。
ある小説家の言葉が、大切なことを教えてくれました。
人間には、先入観が
気づかぬうちに働きまして、
そんなことはわかりきったことだと
素通りすることがあります。
これが怖いのです。
この言葉を残した松本清張さんは、
1909年生まれ。酉年の人でした。
今年は、冷静に自分を見つめる1年にしよう。
BONGURI
酉年の人 永六輔
2017年が始まりました。
お正月、今年の目標を考えたあとにでも、
これまでお世話になった人を思い出してみましょう。
ある有名人の言葉をご紹介します。
生きているということは、
誰かに借りをつくること。
生きてゆくということは、
その借りを返してゆくこと。
この言葉を残した永六輔さんは、
1933年生まれ。酉年の人でした。
今年は、借りを返す1年にしませんか。
酉年の人 伊丹十三
これまで、どのくらいありましたか?
自分で決められなかったこと。
誰かに流されてしまったこと。
今年、そんな自分に別れを告げようと思ったら、
ある映画監督の言葉が、ヒントになります。
みんなが信じこんでるものは、
とりあえず、俺はやめとこう、
あれは絶対ついていってろくなもんじゃない、
と思っちゃうんですね。
自分でいいと思うものは、
絶対に自分で決めたいという気持ちがつよくありますね。
この言葉を残した伊丹十三さんは、
1933年生まれ。酉年の人でした。
今年は、物事をしっかり見極める1年にしませんか。
Copyright ©2009 Vision All Rights Reserved.