s.yume
小塚昌彦さん1
小塚昌彦さんをご存知ですか。
直接は知らなくても、どこかで間接的にお会いしていることでしょう。
人によっては、毎日お世話になっているかもしれません。
パソコンを開けばわかります。
文章を書こうとすれば、もっとわかります。
ある日、小塚さんは、こんなことをおっしゃっていたそうです。
「日本人とって文字は、水であり米である」
パソコンで目にするフォント、
小塚明朝、小塚ゴシック。
それは小塚昌彦さんが作った書体でした。
s.yume
小塚昌彦さん1
小塚昌彦さんをご存知ですか。
直接は知らなくても、どこかで間接的にお会いしていることでしょう。
人によっては、毎日お世話になっているかもしれません。
パソコンを開けばわかります。
文章を書こうとすれば、もっとわかります。
ある日、小塚さんは、こんなことをおっしゃっていたそうです。
「日本人とって文字は、水であり米である」
パソコンで目にするフォント、
小塚明朝、小塚ゴシック。
それは小塚昌彦さんが作った書体でした。
小塚昌彦さん2
戦後まもなく、新聞社の工務局に就職した少年がいた。
そこは活字を扱う部署であり
新聞社のイメージとはかけ離れた、
さながら工場のような職場だったそうだ。
職人が鉛の合金に文字を彫る。
新聞記事にするための活字が準備され、
見出しや写真を組み付ける。
すべてが手作業だった時代を目に焼き付け、
少年は文字デザインの道に進む。
書体設計家、小塚昌彦さんは
新聞社を定年退職したあとも、
さまざまなメディアの文字を操り続ける。
d’n’c
小塚昌彦さん3
書体設計家、小塚昌彦さんが
新しい書体、新ゴシックを作るときのこと。
読むための文字というよりも、
ディスプレイに適した書体にしたいと考えていた。
それはすなわち、目で楽しむ言葉。
読みやすくて、親しみやすくて、疲れない。
書体を意識することなく、読めば意味が素直に入ってくる。
その思いが実を結んだ証拠として、
日本中の多くの交通機関で
新ゴシックの文字が使われている。
小塚昌彦さん4
書体設計家、小塚昌彦さんの師匠は
60歳を迎えたとき、こんなことを言ったそうだ。
「ここから本当の字が書けるような気がする」
そして小塚さん自身が60歳を超えたあとに
初めて作ったオリジナルの書体が、小塚明朝だった。
発売セレモニーで、
小塚さんはこの新しい書体に点数を付けた。
76点だという。
トータルで何千、何万字にも及ぶ書体デザインに
100点満点などあるはずもなく、
80点が最高得点だ、と語った。
小塚さんは、きっと今も、本当の字を探している。
棟方志功の年賀状
20世紀を代表する芸術家、棟方志功。
昭和30年、サンパウロ・ビエンナーレで
版画部門の最高賞を受賞し、
世界の棟方という地位を確立した。
そんな彼の年賀状が残っている。
鮮やかな朱刷(しゅずり)の版画には、
大きな打ち出の小槌が描かれ、
杉並区荻窪、と住所まで丁寧に彫られている。
手紙魔と言われるほどの手紙好き。
年賀状の版画を彫るときも、
嬉々として机に向かっていたのだろう。
森繁久彌の年賀状
森繁久彌は、四つの顔を持つ。
俳優、歌手、コメディアン、そしてアナウンサー。
下積み時代は劇団を渡り歩き、
その傍ら、NHKのアナウンサー試験に合格。
そして戦後はコメディアン、俳優、シンガーソングライターなど
才能を一気に開花させる。
そんな彼の、ある年の年賀状には
仕事へのまっすぐな気持ちがしたためられていた。
昔のうたを
今日のうたを
明日のうたを
心ゆくまで謡いとう存じます
人々に愛された理由が、とてもよくわかる。
Carly & Art
手塚治虫の年賀状
漫画家、手塚治虫が晩年に残した名言。
「あと40年ぐらい書きますよ。
アイデアだけはバーゲンセールしてもいいぐらいあるんだ」
その言葉のとおり、
彼は年賀状でも独創的なアイデアをふるってみせた。
おなじみのキャラクターを総動員し、
自分の似顔絵をパロディにした。
そして、ある年の年賀状には、
こんな言葉が書かれた。
今年こそ
卵から生まれたばかりの気持で
がんばります
見習いたいほどのアイデアと謙虚な気持ちが、
葉書いっぱいに溢れている。
文人たちの年賀状
夏目漱石の年賀状は、シンプルだ。
ハガキの中央に、ぽつんと名刺を貼り付けたようなデザイン。
「恭賀新年 夏目金之助」
ただその文字だけ書かれている。
芥川龍之介は、高校3年生のとき、ハイカラな年賀状を送った。
「新年に多くの幸運あれ」というドイツ語とともに、
手描きのイラストも加えたそうだ。
川端康成は、力強い筆文字で
「頌春(しょうしゅん) 川端康成」と記している。
そして正岡子規は、自分の思いを書き留めた。
「新年めでたく候
皆様めでたく候
私もめでたく候」
あなたは年賀状に、どんな思いをしたためましたか?
さようなら 橋本武
伝説の国語教師と言われた橋本武さんが、
今年の9月に亡くなった。
中勘助の小説「銀の匙」。
中学3年間でこの1冊だけを読み上げるという
奇抜な授業は、世の教育者を驚かせた。
単語ひとつひとつにヒントがあるから、
どんどん横道に逸れて結構。
子供たちに、自ら掘り下げて学ぶことの大切さを教えた。
そんな彼の言葉。
「すぐ役に立つことは、すぐに役立たなくなります。」
大人なると、よくわかる。
すぐに役立たなくなるものが、あまりにも多いことに。
julajp
さようなら なだいなだ
作家で精神科医の なだいなださんが、
今年の6月に亡くなった。
ユーモアと反骨精神を愛した人で、
晩年には、老人党というインターネット上の
ヴァーチャル政党まで作っていた。
そんな彼の言葉。
「なまけものは哲学を持っているが、
働いてばかりいる人間には、哲学がない」
もちろん「なだいなだ」はペンネーム。
スペイン語の“nada y nada”
それは、「なにもなくて、なにもない」という意味。
なださんは最後まで、なまけものの哲学を大切にしていた。
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