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佐藤理人 16年8月20日放送

160820-02

名探偵と都市 メグレとパリ

パリを愛した名探偵、メグレ警視。

彼の推理は極めて地味だ。
鮮やかなトリックの種明かしも、
あっと驚くアリバイ崩しもない。

証拠より心理を重視した緻密な論理の積み重ね。
その興味は誰が犯人かより、
なぜ罪を犯してしまったのかにある。

パリの街を歩きながら、
彼は犯人の皮膚の下に入り込み、
苦しんだ時間を共有しようとする。

 運命の修理人

として人生の不幸な偶然で
道を踏み外した人を正しく導きたいと願うメグレ。

彼が向き合うのは犯罪者ではなく、
罪を犯さざるを得ない人間の弱さだった。

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佐藤理人 16年8月20日放送

160820-033
Leigh Harries
名探偵と都市 ポアロとロンドン

灰色の脳細胞を持つ名探偵、
エルキュール・ポアロ。

作者のアガサ・クリスティはあえて彼を、
ロンドンっ子とは正反対の人物に描いた。

小柄で太った体に不似合いなスーツと蝶ネクタイ。
外ではシルクハットとステッキを手放さず、
気取った口ひげは見る者の笑いを誘う。

キメてるようでキマっていない、
紳士の国のエセ紳士。

ヘンテコな見た目に油断した犯人たちは、
このベルギー生まれの「ガイジン」に、
次第に嘘や矛盾を暴かれていく。

エルキュールとはギリシャ神話における、
英雄ヘラクレスのこと。

緻密な論理と偏執的な粘り強さで、
傲慢な階級社会の鼻を明かす彼の姿は、
まさに小さなヘラクレスだった。

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佐藤理人 16年8月20日放送

160820-04
moriza
名探偵と都市 スカダーとニューヨーク

ハードボイルドの主人公は普通、
自分の生き方を変えたりしない。

マット・スカダーは違う。

ローレンス・ブロックが生んだ
この根暗で酒好きの私立探偵は、
年を重ねるごとに人間性が変化する。

ニューヨークで生きる人々の多彩な価値観。
眠らない街のダイナミズムと孤独。

目まぐるしく動くこの街で、
過去を振り返っている暇はない。
スカダーもまた前向きに成長を遂げていく。

未来を信じて歩き続けるその姿は、
人は何度でもやり直せるという、
ニューヨークからのメッセージのようだ。

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佐藤理人 16年7月9日放送

160709-01

ゴーストライターズ 「ダンテ」

1321年、ダンテが亡くなったとき、
「神曲」の一部は行方不明だった。

二人の息子ヤコポとピエトロは、
何ヶ月もかけて遺品を探したが、
ついに見つけることはできなかった。

ある晩、ヤコポは父の夢を見た。
夢の中でダンテは白い服に身を包み、
まばゆい光に包まれていた。

ヤコポが作品は完成したのか尋ねると、
ダンテは頷き、書斎の秘密の場所を教えた。

翌朝、教えられた場所を調べると、
小さな隠し戸棚があった。

中にはカビに覆われた
「神曲」の最後の数ページが入っていた。

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佐藤理人 16年7月9日放送

160709-02

ゴーストライターズ 「アーヴィング」

1859年のある夜。
コグスウェル博士はニューヨークの図書館で、
本を読むひとりの友人を見かけた。

アメリカ最古の幽霊小説、

 スリーピー・ホロウの伝説

の作者ワシントン・アーヴィング。

しかし彼はそこにいるはずがなかった。
数日前亡くなったばかりだったからだ。

コグスウェルが声をかけようとすると、
アーヴィングは本を戻して消えた。

生前、幽霊を信じていなかったアーヴィング。
死後に自分が幽霊となって現れたと聞いたら、
さぞ面白がったことだろう。

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佐藤理人 16年7月9日放送

160709-03

ゴーストライターズ 「ワース」

1913年、パール・カランは交霊術の会に出た。
催眠術にかかった彼女は、

 ペーシェンス・ワース

という名前を書いた。

その日以来、催眠状態になると、
彼女はワースという別人格になり、
さまざまな歴史小説を口述した。

キリストの時代を描いた「悲しい物語」、
19世紀を舞台にした「ホープ・トゥルーブラッド」、
中世の英語で書かれた「テルカ」。

作品はどれも評論家から高い評価を得た。
しかし不思議なことにカランは、
歴史については何の知識もなく、
中世の英語を勉強したことさえなかった。

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佐藤理人 16年7月9日放送

160709-04

ゴーストライターズ 「ブラウン」

1964年、フランツ・リストが目の前に現れたとき、
ローズマリー・ブラウンは驚かなかった。

彼女に楽譜を書き取らせた作曲家の幽霊は、
彼が初めてではなかったからだ。

リストは一度に数小節ずつ書き留めさせた。
ショパンは1音ずつ彼女の指を鍵盤へ導いた。
シューベルトは40ページに及ぶソナタを歌って聴かせた。
ベートーヴェンは10番目と11番目の交響曲を完成させた。

何人もの専門家が調べたが、詐欺の証拠は見つからなかった。
楽譜はどれも作曲家たちの作風と完全に一致していた。

何より彼女はブラームスの幽霊が指導したにもかかわらず、
ピアノがほとんど弾けなかった。

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佐藤理人 16年7月9日放送

160709-05

ゴーストライターズ 「リンカーン」

1865年のある夜。リンカーンは夢を見た。

夢の中で彼はホワイトハウスの東の間にいた。
そこには棺の安置台があり、
葬儀服に包まれた遺体が乗っていた。

周りでは護衛の兵士や大勢の人々が、
遺体を見て泣いていた。

 誰が死んだのかね?

リンカーンは兵士の一人に尋ねた。

 大統領です

彼は答えた。

 暗殺者に殺されたのです

夢から覚めたリンカーンは、
親友に内容を書き留めさせた。

数日後の4月14日。リンカーンは暗殺された。
遺体はホワイトハウスの東の間に運ばれた。

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佐藤理人 16年5月7日放送

160507-01

あゝ無駄遣い 「幻の寺院」

1770年、ウィリアム・ベックフォードは、
10歳にして巨万の富を相続した。

毎日遊んで暮らしたが、34歳のとき突然、
庭に大寺院を建設しようと思いついた。

知識も経験もないのに建設の指揮を執り、
大工たちに精力剤として大量のウイスキーを与えた。

その年のクリスマス。
酔っ払いたちが立てた寺院の厨房で
ディナーを食べていると天井が崩れ落ちてきた。

彼は一命を取り留めたが、やがて破産。

 不毛なオモチャ

と呼ばれた大寺院は、当然ながらもう跡形もない。

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佐藤理人 16年5月7日放送

160507-02

あゝ無駄遣い 「氷の宮殿」

18世紀ロシアの女帝アンナ・イワノーヴナは、
心の冷たい女性だった。

性格に似て、与える罰も冷酷。
命令に背いた家臣を、
国で最も美しくない女性と結婚させた。

さらにグラスのワインが
一瞬で凍る大寒波がにもかかわらず、
氷の宮殿に住まわせた。

壁もベッドもカーテンも何もかもが氷。
庭には氷で彫刻したオレンジの木と、
枝にとまる鳥まで置いた。

しかしその年の暮れにアンナは死亡。
春の訪れとともに宮殿は溶け、川に流れた。

家臣とその妻は暖かい家庭を築いたという。

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