はじまりのはなし キケロにとっての「はじまり」
新しい1年が、また始まった。
先行き不透明な、今日このごろ。
目標は心の中にあるけど、
カタチにできる自信が無い・・・
そう尻込みする人たちに、
古代ローマの哲学者、
キケロの言葉を贈りたい。
始まりは、どんなものでも小さい。
はじまりのはなし キケロにとっての「はじまり」
新しい1年が、また始まった。
先行き不透明な、今日このごろ。
目標は心の中にあるけど、
カタチにできる自信が無い・・・
そう尻込みする人たちに、
古代ローマの哲学者、
キケロの言葉を贈りたい。
始まりは、どんなものでも小さい。
armycat
はじまりのはなし 野矢茂樹の「はじめて考えるときのように」
あなたが生まれてはじめて
「考える」という行為をした時、
頭の中には、どんな景色が浮かんでいただろう。
目の前の世界は、どのように映っていただろう。
哲学者の野矢茂樹の著書に、
『はじめて考えるときのように』という本がある。
副題は「『わかる』ための哲学的道案内」。
それは、考えるということについて、考える本。
中学生くらいの子どもに寄り添うような
優しいまなざしでつづられた文章の中で語られるのは、
私たちの考えが日頃、いかに多くの「当たり前」や
「見えない枠」にしばられているかということ。
そして、ヒト・モノ・コト、出会ったすべてを
頭につめこんで、ゆさぶったのち、空っぽにする。
そのくり返しこそが、「考える」ことではないかと
野矢は言う。
本当に「考える」ということ。
それはきっと、はじめて考えるときのように、考えること。
sparrowsfall
クリスマスのはなし チャールズ・シュルツのクリスマス
スヌーピーの生みの親、
漫画家のチャールズ・シュルツはこう言った。
クリスマスとは、ちょっとした余分のことを
誰かのためにしてあげること。
誰かのためのちょっとの余分が、
雪のように積み重なる。
そんなクリスマスになりますように。
SkyD
クリスマスのはなし サイレント・ナイトのルーツ
クリスマスキャロルとしておなじみの
「サイレント・ナイト/清しこの夜」。
1818年のクリスマスの日、
オーストリアのとある村の教会で
ギターを伴奏に、初めて歌われたのがそのルーツ。
教会のオルガンを修理しにきた職人が、
その時の楽譜を写して持ち帰ったことをきっかけに、
ドイツや、海を越えたアメリカへ
一気に広まっていったという。
最初にギターで奏でられたのは、
ネズミが教会のオルガンをかじって
オルガンが壊れたせいだったとか、
メロディがあまりに見事なので
モーツァルトやベートーベンが
作ったのでは、と言われるなど
様々な逸話にも事欠かない
「サイレント・ナイト」だが、
敬虔なメロディで200年近く
聴く人を温かい気持ちにし続けてきたことは、
確かな事実である。
Junya Ogura
美味のはなし 伊丹十三とスパゲッティ
俳優、デザイナー、エッセイストののち、
映画監督としても名を馳せた伊丹十三は、
食に関しても、ひと言もふた言もある人だった。
そんな伊丹が、エッセイ集『女たちよ!』の中で、
「スパゲッティ・ナポリタン」に憤慨している。
なにゆえに日本人はスパゲッティに
鶏やハムや海老やマシュルームを入れて
トマト・ケチャップで和えるようなことをするのか。
なんでも、トマトケチャップの味が
「甘ったるくて貧しい味」だというし、
一品だけ食べれば満足できるという
日本の洋食の考え方じたいも、「貧しい」という。
話はそこから、スパゲッティの理想の茹で加減へと進む。
いまはすっかりポピュラーな「アル・デンテ」を伝えるべく、
ページを割き、ひとつひとつ手順を説いていく。
最後にもう一度、「天敵」スパゲッティ・ナポリタンを
揶揄して終わる、このエッセイ。
低い次元にまで引きずりおろし、
歪曲するということをするべきではない。
根本精神をあやまたずに盗め!
日本人がつくるスパゲッティに苦言を呈しながら、
日本人の文化の取り入れ方を、嘆いていた。
美味のはなし ミシュランガイドの成り立ち
「美食のバイブル」として名高い、
「ミシュランガイド」。
1900年フランス。自動車旅行が活発になれば
タイヤも売れる、と目論んだ
タイヤメーカーのミシュラン社が発行をはじめた。
当初は無料で配られていたが、
ある修理工場で、作業台の足がわりに
積み重ねられているのを見た
創業者・ミシュラン兄弟は、こう考えたという。
人間は、金を払って買ったものしか大切にしない
こうしてミシュランガイドは、
有料で販売されるようになった。
陶芸のはなし ハンス・コパーのキクラデス・フォーム
土台の上にあやういバランスで載った、弓なりの立体。
またその上に、細長い筒状の立体。
パーツそれぞれをろくろで挽き、
くっつけ、焼き上げたあと、
細い金属の芯で、本体と土台をつなげる。
この研ぎすまされた形の名は、
「キクラデス・フォーム(Cycladic Form)」。
陶芸家・ハンス・コパーが
古代エーゲ海の「キクラデス彫刻」に惹かれ、
つくりつづけた形。
晩年、ALS・筋萎縮性側索硬化症と診断され、
身体の自由が徐々に効かなくなってからも
キクラデス・フォームを片手でつくりつづけたコパー。
どうやってつくるか、の前に、
なぜつくるか。
みずからの理想の形を追い求め、生み出す。
その衝動は、終生尽きることがなかった。
JartLover
陶芸のはなし 河合寛次郎の芸術論
文化勲章や人間国宝を辞退し、
無位無冠の陶芸家でありつづけた、
河合寛次郎。
自分を貫いてぶつけて
無条件に自他に迫って行く事が芸術だ。
つねにまず、自分の為につくる。
そんな作品たちが、
今も多くの人の眼を惹きつける。
yomi955
日本の「食」 味噌・醤油と禅宗
鎌倉時代、曹洞宗の祖・道元は
料理をどう食べるべきかという心得を
こう説いている。
食とは道、つまり仏法と同じ。
いまや和食に欠かせない調味料・味噌と醤油が
この時代に禅宗を学んだ僧によってもたらされたのも、
「肉食を避けながら、肉に限りなく近い味を
調味料で工夫して食べる」という
食を通じた、禅の修行のためであった。
Coolcaesar
日本の「食」 シリコンバレーの寿司職人
寿司職人の、佐久間俊雄。
アメリカ・カリフォルニアのシリコンバレーで、寿司を握ってきた。
そんな佐久間の店に、たびたび顔を出す男がいた。
スティーブ・ジョブズ。
菜食主義で、はじめは巻物ばかり注文していたというが、
じょじょに生魚のネタを頼むようになり、
そしてある日。唐突に佐久間に、
穴子はあるか?
と尋ねてきた。
日本から冷凍して運んできた穴子を
佐久間が握って出すが、なかなか手をつけない。
その様子を見て、佐久間は、
(本物の穴子を出すから、ちょっと待っていてくれ)
という気持ちになったという。
ジョブズの次の来店にあわせ、
生け締めにした新鮮な穴子を日本から取り寄せ、出したところ、
普段あまり料理の感想を言わないジョブズから、
It’s good!
という褒め言葉が飛び出したという。
部下だけでなく、寿司職人も奮起させていた
スティーブ・ジョブズ。
佐久間がそんな手強い客を相手にしていた26年ほどの間に、
シリコンバレーの和食も、イノベーションを遂げていった。
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