Copperdog ~ Diane
マーメイド号が太平洋を横断した日
高校のヨット部ではじめてヨットに乗った時、少年は感嘆した。
「風だけでよう走るもんや」
人が何かに魅了されるのは、シンプルな驚きによってである。
少年は魅了された。風だけを動力として海の上を自由に走る乗り物に。
この時の感動が、少年の人生に影響を与え、数年後には太平洋横断の冒険にまで連れ出すことになる。
太平洋を渡るための小さな船を作った時、堀江謙一は、わざわざ設計に手を加えて、船体にエンジンを乗せられないようにした。
風だけで走るのでなければ冒険の値打ちはないと考えたのである。
1962年、5月13日。
単独太平洋横断に向け、マーメイド号は出発した。
西宮港は無風だった。
エンジンのないヨットはピクリともしない。
防波堤を抜け出すまでに、1時間半もかかった。
翌日になってもまだ大阪湾の真ん中に浮かんでいた。
やっと冒険が始まったのに、肝心の風が吹いてくれないのだ。