‘渋谷三紀’ タグのついている投稿

渋谷三紀 16年8月27日放送

160827-02

いぬのはなし フロイトとヨフィ

精神分析学の創始者、フロイト。
人の心の分析に没頭してきたフロイトが
犬に興味を持ち始めたのは、齢70をこえた頃。

飼っていたチャウチャウ犬のヨフィを診療室に連れて行ったところ、
驚くほど敏感に、患者のストレスを感じ取ってみせた。
ヨフィと患者との距離を見れば、症状の重さがわかることに気づき、
フロイトはヨフィを「精神分析犬」とよんだ。

晩年、癌に苦しんだフロイト自身の心をも癒したヨフィは、
現在、医療や教育の現場で活躍する
セラピードッグのはじまりと言われている。

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渋谷三紀 16年8月27日放送

160827-03

いぬのはなし ビクターのニッパー

蓄音機のホーンを覗き込むフォックステリア。
日本ビクターのトレードマークとして
かつて街中の電気屋でよく見かけたキャラクター犬は、
ニッパーという実在する犬がモデルになっている。

ニッパーは1884年のイギリス生まれ。
マークという画家の愛犬として三年を過ごすが、
マークが病気で亡くなり、
同じく画家の弟フランシスにひきとられた。

ある日、亡き兄の声を蓄音機で流したところ、
ニッパーはホーンを覗き込み、耳を傾け続けた。
まるで主人を懐かしむようなニッパーの仕草に
胸を突かれたフランシスが描いた一枚の絵が、
巡り巡って日本の企業で使われることになった。

日本にはハチ公がいて、イギリスにはニッパーがいる。
人に尽くす忠犬の物語に、人は弱い。

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渋谷三紀 16年8月27日放送

160827-04
*TatianaB*
いぬのはなし 三浦哲郎とボス

作家、三浦哲郎。
愛犬のブルドッグに、ボスと名付けた。

ボスのいびきはとにかく凄かった。
人間とそっくりのいびきだが、
夜はあたりの闇をふるわせるような豪快さ。

轟々たるボスのいびきを聞きながら、
あれこそが猛犬のいびきだと教えると、
娘は首をすくめて言った。

「お父さんのと、そっくり。」

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渋谷三紀 16年8月27日放送

160827-05
ひこうき雲
いぬのはなし 安岡章太郎とコンタ

「愛犬物語」には、
作家、安岡正太郎と愛犬コンタの
15年にわたる思い出が綴られている。

散歩中、コンタが突然、猫を噛んだ。
突如、野生に戻ったコンタに安岡はショックを受けるが、
二、三日、餌も食べずにぼうっとするコンタを見て考える。

人間と暮らして、すっかりその気になっていても、
どうした拍子に自分が犬だと気づくと、
自分が犬であることに、耐え難い嫌悪感を覚えるのだろう。

それでも人と寄り添って生きようとする犬という生き物を、
愛しく思わずにはいられないのだと。

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渋谷三紀 16年5月21日放送

160521-01

あのひとの好物 東郷平八郎

小説「坂の上の雲」にも登場する、
日露戦争の名指揮官、東郷平八郎。
イギリス留学時代に食べたその味が忘れられず、
ビーフシチューをつくるよう部下に命じた。

しかしながら、料理長は、
ビーフシチューがどんなものかを
知らなかった。
デミグラスソースの代わりに、
しょうゆと砂糖を使って、
なんとかつくりあげたのが、なんと、肉じゃが。

100年後、
おふくろの味と呼ばれるようになるなんて、
そのとき誰が想像しただろう。

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渋谷三紀 16年5月21日放送

160521-02

あのひとの好物 田山花袋

小説家、田山花袋。
食に対しては、
味より匂いにこだわる性分。
熟しすぎて崩れそうな庭の柿を、
口髭をぬらしながら、
啜るようにして食べていたらしい。

匂いへの執着が、
花袋の代表作「蒲団」をうんだ。
主人公は小説家。
想いをよせる弟子の蒲団の匂いを嗅ぐという
フェティシズムを描いた小説だ。

自らの欲求を赤裸々に書いたことが評価され、
花袋は明治文学史に、その名を残した。

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渋谷三紀 16年5月21日放送

160521-03

あのひとの好物 林芙美子

作家、林芙美子。
貧しい暮らしの中で書いた「放浪記」が、
ベストセラーになった。
印税を手に、芙美子は憧れのパリ留学を果たす。

パリでの芙美子は、
文化、酒、美食、そして恋にどっぷりとひたる。
髪を短くカットし、
アール・ヌーボーの椅子に腰かける姿は、
日本にいたときとは別人のようだ。
その芙美子が、帰国後すぐに向かった場所がある。

 波止場のそばの小さいうどん屋で、
 葱をふりかけた熱いうどんを食べた。
 天にものぼるやうにおいしい。
 たつた六銭だつたのに吃驚してしまつた。

クロワッサンもカフェオレも知った。
けれど、父母との放浪暮らしの記憶は、
深く濃く、芙美子のからだに刻まれていた。

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渋谷三紀 16年5月21日放送

160521-04

あのひとの好物 清少納言

ちかごろブームのかき氷。
実は千年以上も前から、
日本女性を夢中にさせていた。

 あてなるもの
 削り氷にあまづら入れて
 新しき金鋺に入れたる

清少納言は枕草子に、
あてなるもの、つまり、雅なものとして、
水晶や藤の花とともに、
シロップがけのかき氷を挙げている。

氷など、たやすく手にできなかった時代。
キラキラまばゆい輝きも、
ひんやりと口に広がる甘みも、
一瞬でとけゆく儚さも。
いまとは比べ物にならないほど、
美しく映っていたにちがいない。

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渋谷三紀 16年5月21日放送

160521-05

あのひとの好物 カント

ドイツの哲学者、カント。
カントの行動を見れば
時刻がわかるといわれたほど、
規則正しい生活を送っていた。
そんなカントにも、弱みがあった。

大好物のチーズだ。

食べすぎておなかを壊し、死にかけた。
医者に止められても、
世話係にチーズをねだり、だだをこねた。

チーズをくれたら、金を払おう。
私には確かにその金がある。

そういって、
自説の論理的証明をはじめたというのだから、
哲学者の執念は、おそろしい。

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渋谷三紀 16年1月16日放送

160116-01

内田百間 イヤダカラ、イヤダ。

偏屈すぎる随筆の神様、内田百間。

名誉ある日本芸術院の会員を辞退したときの

 イヤダカラ、イヤダ。

という台詞は、あまりに有名。
この言葉、実はずいぶん端折られている。
正しくはこうだ。

推薦のお礼を丁重に述べた上で、
「サレドモ」とつづける。

 ゴ辞退申シタイ。ナゼカ。イヤナノデス。

これだけでも十分ひねくれ者だが、
百間は止めない。

 ナゼイヤカ。気ガ進マナイカラ。
 ナゼ気ガ進マナイカ。イヤダカラ。

もう、まったく理由になっていない。

こうなれば、
冒頭の感謝の言葉は響きを変え、
慇懃無礼にしか聞こえないのだから、
さすが百間、というほかない。

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