妻の呼び名-武田百合子
「やい、ポチ。わかるか。神妙な顔だなぁ」
夫は妻をポチと呼んだ。
作家、武田泰淳と百合子。
仕事部屋の掃除をしながら、積み上げられた本に
夢中になる妻をからかった言葉だ。
文壇の真ん中で、もの書く夫に、憧れつづけた。
泰淳の死後、百合子はエッセイストとして名を残す。
丁寧に綴られた泰淳とすごした日々。
夫の不在がポチをもの書きにしたのだ。
その日記のせつなさは、どこからともなく、
かすかに聞こえてくる犬の遠吠えにも似て。
彼女の批評-山田詠美
ちょっと古いものは、いちばん古臭い。
芥川賞選考委員、作家・山田詠美が、
ある若手女性の作品について書いた。
その文芸批評のたしかさには定評がある。
50歳で、美しく、新鮮な作品を世に送り出し続ける、
このひとが言うのだから、
強く、正しく、おそろしい。
すこしだけ、いじわるな解釈をすれば、
「ちょっと古い女は、いちばん古臭い。」とも読める。
どうしようか、
とびきり古めかしい女になるか、
ぴかぴかに新しい女になるしかない。
少女であり続けた女-森茉莉
文豪・森鴎外が贅沢三昧で育てた、娘・茉莉。
16歳でお嫁にいくまで、父の膝の上が特等席であり続けた。
父の死後、結婚に失敗。帰る家をなくした。
恋と言い切った父との関係を、書き始める。
晩年は、貧乏をした。
茉莉の美意識でうめつくされた、「ゴミ屋敷」が最後のお城。
ひとりきり、世界はそこだけで完結した。
子どものままに年老いた。
父の膝の上のような小さな楽園で、夢うつつで暮らした。
彼女は言った。
現実、それは「哀しみ」という意味。