あの人の暮らし 永田昌民
住宅建築家の永田昌民(まさひと)には、
ひとつだけ、
どんな建て主にも必ず提案することがある。
落葉樹を一本、植えませんか?
それは家の設計とはまったく関係ない提案だけれど。
窓から外を眺めるとき、
コンビニに出かけるとき、
疲れて家に帰ってくるとき、
落葉樹は、毎日ちがう表情を見せてくれる。
永田は、建築ではなく、暮らしの提案をしているのだ。
落葉樹を一本、植えませんか?
あの人の暮らし 立原道造
僕は室内にゐて、
栗の木でつくつた凭れの高い椅子に坐つて
うつらうつらと眠っている。
夕ぐれが来るまで、一日、なにもしないで。
詩人であり建築家であった立原道造。
彼が考える理想の暮らしは、
手のひらにおさまりそうな小さなものだ。
自分のために設計した理想の家は、
フロもキッチンもない、たった5坪の家だった。
しかし、彼がそこで暮らすことは叶わなかった。
立原道造の人生は、わずか24年で幕を閉じた。
彼の家は、今、とある湖のほとりに建っている。
訪れる人はそこで、詩人が夢見た暮らしを味わい、
また自らの暮らしに戻ってゆく。
あの人の暮らし 阿部なを
素朴で丁寧なおばあちゃんの味で愛された
料理研究家の阿部なをは、
48歳で料理の道に入った。
戦中・戦後を体験した彼女の原点は
「粗末な材料のめいっぱいの味」
を引き出してあげることだ。
だから、得意な料理も、
メニューの中心になる豪華な一品より、
暮らしの食卓に欠かせない小鉢もの。
ある日、
阿部なをが営む料理屋にきたお客さんが、
料理は芸術だ、とアツく語り始めた。
彼女は、ふんわり笑って
芸術を365日食べたらお腹を壊すわよ
と言ったという。