広岡浅子と洋服
女性実業家の先駆けであり、
女子教育の発展にも尽力した広岡浅子。
新しいことをどんどん取り入れる合理的な彼女らしく
洋服をとても好んだといい、
現存する写真のほとんどは洋服姿で撮影されている。
ただ、「西洋のものはすべて正しい」
と言わんばかりの浅子に対して、
当時の大阪毎日新聞は
こんな皮肉たっぷりのコラムを載せている。
浅子女史は洋服が好きだ。
生まれ落ちるとき洋服を着ていなかったのが
残念に思われるほど、洋服が好きだ。
広岡浅子と洋服
女性実業家の先駆けであり、
女子教育の発展にも尽力した広岡浅子。
新しいことをどんどん取り入れる合理的な彼女らしく
洋服をとても好んだといい、
現存する写真のほとんどは洋服姿で撮影されている。
ただ、「西洋のものはすべて正しい」
と言わんばかりの浅子に対して、
当時の大阪毎日新聞は
こんな皮肉たっぷりのコラムを載せている。
浅子女史は洋服が好きだ。
生まれ落ちるとき洋服を着ていなかったのが
残念に思われるほど、洋服が好きだ。
BIANCHI
読書の話 二宮金次郎
日本でいちばん有名な読書家といえば誰だろう?
おそらくだが、それは
薪を背負いながら本を読むあの少年。
二宮金次郎ではないだろうか。
しかし実際の金次郎少年が
薪を背負って読書したという証拠はなく、
明治時代の伝記で定着したイメージらしい。
古代中国で薪を売りながら読書していた
朱買臣(しゅ ばいしん)の話をもとにしたとも、
イギリスの宗教書の挿絵に
影響されたともいわれている。
現実の金次郎がどうだったかはともかく、
勤勉な国民の理想像として
子どもたちに広められたのだ。
ところで最近見かけなくなった金次郎の銅像だが、
その理由は、あの姿が
「歩きスマホ」を想起させるからなんだとか。
真似しろとか、真似するなとか、
後世の人間たちは勝手なものである。
katerha
読書の話 ジャイアント馬場
身長209センチ・体重140キロ。
日本人離れした体格を力道山に認められ、
プロレス界を代表するスターとなった
ジャイアント馬場。
その大きな足で繰り出される「16文キック」は
あまりにも有名だが、
手の大きさも人並み外れていた。
こんなエピソードがある。
あるとき馬場がじっと手を見つめたまま
固まって動かないことがあった。
まわりが不審に思い、どうしたのかと尋ねると、
彼は文庫本を読んでいたのだった。
あまりに手が大きいので、本がまったく見えなかったのだ。
実は年間200冊以上を読破する読書家でもあった馬場。
いったんマットを離れれば
物静かでとても博識な人だったそうだが、
その心の大きさをつくったのは
読書というトレーニングだったのかもしれない。
drip&ju
かつてないをつくる人 横井軍平
かつてゲーム&ウオッチをヒットさせ、
その後の任天堂の道筋をつくった横井軍平。
しかしそのとき彼が変えたのは、ゲームの歴史だけではなかった。
横井のもうひとつの重大な発明。
それはゲーム&ウオッチで初めて採用された「十字キー」だ。
手元を見ずに親指の感覚だけで
上下左右、斜めにと自在に操作ができる。
その画期的なアイデアにビル・ゲイツも驚いたといい、
ゲーム機だけでなく、リモコンなど様々な機器でいまも使われている。
横井はかつてこう語っていた。
世界に一つしかない、
世界で初めてというものを作るのが、私の哲学です。
それはどうしてかというと、
競合がない、競争がないからです。
ゲームの父は、誰よりもゲームの勝ち方を知っていたのだ。
昆虫採集 南方熊楠
博物学者、南方熊楠。
「歩く百科事典」とも呼ばれた彼の知識欲は、
少年時代から旺盛だった。
ただし学校の勉強はあまり熱心ではなく、
野山を歩き回っては
昆虫や植物の採集に没頭。
たとえ通学途中でも
気になる生き物を見つけると
その場で弁当を食べてしまい、
空になった弁当箱につめていたという。
海外で学者として認められたあとも
熊楠は再び故郷和歌山の野山に戻り、
多くの標本を残している。
人々が気にもとめない
ちいさな生命を見つめ続け、
あらゆる知識を「採集」しつづけた熊楠は
どのような結論に至ったのか。
それは、こんな短い言葉に込められている。
「世界に不要のものなし」
APOLLO 11 バズ・オルドリン
1969年、アポロ11号は月面に到達した。
しかしその偉業が捏造だと主張する者もいる。
そんな陰謀論者のひとりが2002年にある事件を起こした。
アポロの乗組員だったバズ・オルドリンを待ち伏せしたのだ。
男はオルドリンに対して執拗に迫り、
挑発的な言葉をぶつけた。
聖書に手を置いて、月に行ったことは事実だと誓ってみろ!
行ってもいないのにインタビューや著作で報酬を得るのは
詐欺・窃盗行為だ!
さらに男は罵声を浴びせ続ける。
臆病者!嘘つき!盗人!
そのときだった。
当時72歳とは思えない
オルドリンの強烈なパンチが男の顎に決まったのだ。
どんなときも沈着冷静を求められる宇宙飛行士だが、
このときばかりはプライドが許さなかったのだろう。
のちにオルドリンは、こんなツイートをしている。
もしわれわれが着陸していないのなら、
今頃ロシアがそれを暴露しているはずさ
APOLLO 11 アームストロング一族
16世紀スコットランドに
ジョニー・アームストロングという領主がいた。
時の王より強力とまでいわれ、
イングランドとの戦いで国を守った英雄だった。
しかしその存在を疎ましく思った王は
彼を騙して呼び出し、捕えてしまう。
わずかな手勢のジョニーに対し、待ち伏せの兵士は1万人。
このときジョニーが切った啖呵が歌として伝承されている。
王であり 君主の身分でありながら
嘘をついたな 卑怯者
生涯でおれが愛するのはただひとつ
それは正直な心根だ
時は流れて1972年。
生きのびた末裔のひとりが、
この地の自由市民として迎えられた。
ニール・アームストロング。
アポロ11号の船長にして、はじめて月に立った人類。
そのときの式典では、
400年前に施行されたまま廃止されていない
こんな法律の条文が紹介された。
「この地で見つけたすべてのアームストロングを絞首刑にせよ」
それでも王の追手から逃れ、アメリカへ渡り、
ついには月までたどりついた。
この一族は、名前の通りタフらしい。
Mindful One
たまごの話「ニュートンのゆで卵」
アイデアという名のひらめきは、簡単には生まれない。
近代科学の基礎を築いた天才
アイザック・ニュートンをもってしても、
その過程は苦しいものだった。
難問に取り組むときはいつも自分の部屋にこもり、
他のすべてを忘れるほど没頭したという。
彼の異常な集中ぶりを伝えるエピソードがある。
ろくに食事もとらず研究していたニュートンのために、
家政婦が鍋と卵を運んできた。
せめてゆで卵でも、という配慮だったのだろう。
ゆで時間をはかる懐中時計と一緒にテーブルの上に置くと、
ニュートンの邪魔をしないようそっと出て行った。
しかし、しばらくして戻った家政婦は仰天する。
ニュートンは卵を握りしめ、鍋で時計をゆでていたのだ。
落ちてくるリンゴを見た人のすべてが、
引力に気付くわけではない。
大きな問いの前にすべてを捧げ、
考え抜いたものだけにアイデアの神は微笑むのだ。
ケーキの話 サヴァラン
「新しい星を発見するよりも、
新しい料理を発見するほうが人間を幸せにするものだ」
ブリア=サヴァランは、
著作『美味礼讃』でこんな言葉を残した。
フランス革命前後の激動の時代を
法律家・政治家として生きながら、
一方で食に対する興味を探求し続けた彼。
食べることの楽しみについて語る
蘊蓄たっぷりの表現は、いまも人々を魅了する。
そんな稀代の美食家としての彼に
敬意を表して名付けられたケーキが、
「サヴァラン」。
バターと卵をたっぷりと使ったブリオッシュを切って
ラム酒やシロップを染みこませ、
生クリームやフルーツで飾り付けた
おなじみのあのケーキだ。
もしもサヴァラン自身が
このケーキの味を試したら、いったいどんな言葉で
その幸福を表現するだろう。
あるオタクの話 徳川家康
平均寿命が40歳にも満たなかった戦国時代。
75歳という長寿を得た「健康オタク」がいた。
江戸幕府をひらいた徳川家康だ。
彼は将軍になっても贅沢な食事を好まなかった。
主食は麦飯。季節はずれのものや冷たいものは避けるなど、
食生活の管理は徹底していた。
もちろん体を動かすことも忘れない。
足腰を鍛えられる鷹狩りを好み、野山を駆け巡った。
さらにはオタクが高じて薬の研究にも没頭。
自ら薬草を育て、薬の調合までするほどだった。
幼い頃から人質に取られ、戦場でも幾度となく命の危険を味わった家康。
生き抜くことへの執念は誰より強かったのだろう。彼はこう言っている。
「長命こそ勝ち残りの源である」
最後に天下を取ったのは、最強のオタクだった。
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