赤ちゃん警察
ストーリー 国井美果
出演 西尾まり
西暦20XX(にせんえっくす)年、
政府は、生まれたばかりの赤ちゃんが持つその特別な脳力を、
国家の治安維持に役立てるべく研究を重ね、
桜田門の警視庁本部の地下に「赤ちゃん警察」という極秘の組織を発足していた。
赤ちゃんが、並外れた嗅覚を持っていたり、
双子をひとめで見分けたり、という
以前から分かっていたこと以上につぎつぎと驚愕の能力が判明し、
その能力は難解な事件を解決へと導いていった。
そんな赤ちゃん警察の悩みは、人材確保だった。
赤ちゃんが1歳を過ぎると特別な能力はだんだん消えてしまう。
しかし新人赤ちゃんを採用したくても、出生率の低下のため、
赤ちゃんの存在は貴重なものになっていた。
・・・と、まあそんなことを、平凡な一市民の私が知るはずもなく。
私は、ついさっき、はじめての子を5時間かけて産みおとし、
真夜中の産院のベッドでひとり、ウトウトしていた。
そこへ、その男はやってきた。
「こんばんは」
「はいっ・・・あれ?あなた誰ですか?」
「私は、政府の特命で参りました。こういう者です」
というと、ピンクの手帳を軽く掲げた。
赤ちゃん警察という文字と、桜のマークが見えた。
「突然ですが、あなたの赤ちゃんの能力を、国家の役に立ててください」
男は無表情で言った。私が助産師さんを呼ぼうとすると、
「院長の許可は得ています」
私は、不思議と恐怖はなく、ただ無性に腹がたった。
「どんな任務だか知らないけど、お引き取りください。大声だしますよ」
すると男は、冷たく光る目で「そんなことしたら」と言った。
「国家反逆罪ですよ」
あーあ。たぶんこれ、夢なんだ。
いや、マタニティブルー?それともドッキリ?
にぶい意識の反対側で、フルスピードで考える。
ただ、自分の本能の方が、もっと速かった。
傍にあったケータイやデジカメやペットボトルを
片っ端からその男めがけて投げつけ、
「ざけんなテメエ!」
と、男の目をチョキで突いたところまでは覚えている。
あとはまったく思い出せないが、気がつくと朝のまぶしい光があふれ、
助産師さんが明るく力強い笑顔で部屋に入ってきた。
どうせ誰に言っても、ホルモンの仕業だねえ。
と同情されるだけなので、黙っていた。
あれから、桜が咲くたびに、あのピンクの手帳を思い出す。
あれは何だったのか。あの男は本当にいたのか。
とっくに赤ちゃんじゃなくなったコドモは、10メートル先で飛び跳ねている。
夢だったのかどうか、じきにわかるだろう。
私は、予定日間近のはち切れそうなお腹を撫でながら、
満開のソメイヨシノを見上げた。
*出演者情報 西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー