熱海の秋
ストーリー 一倉宏
出演 森山周一郎
ある日のこと。
4次元テレビで「西暦2007年」のチャンネルを観ていた
夏目漱石と森鴎外は、こんなシーンに目を丸くした。
欧米人のように髪を金色に染め、アフリカ奥地の少数民族のように
首飾りを重ねた、東京の若い娘の、こんな話に。
「私の誕生日のイブにー、超高層ビルのー、超高級レストラン、
予約してくれてー、12時ちょうどに、プロポーズされたわけー。
超、ロマンチックじゃない?」
ロマンチック?
いま、このお嬢さんは、どのような意味で「ロマンチック」という
ことばを口にしたのだろう?
夏目漱石も、森鴎外も、同じ驚きに、たがいの顔を見合わせた。
「察するに・・・」と、漱石は言った。
「この男女には、越えられぬ壁、たとえば階層の障壁があり、
実らぬ恋を予感して言っているのでしょうか」
「いや、そうではありますまい」と、鴎外は冷静に言う。
「娘の顔は、困惑も逡巡もしていません」
「たしかに。竹竿でも叩いたように笑っている」
「案ずるならば・・・
西暦2千何年には、<ロマンチック>とは、
金銭的なる尺度に変わる、ということではないですか・・・」
「金がロマン? べらぼうな!」と、江戸っ子の漱石は憤慨する。
「ロマンが、金貨に魂を売ってたまるか!」
陸軍軍医総監、医学者でもある鴎外は、あくまで冷静だ。
「尾崎さんの描いた『金色夜叉』が、世を席捲するのだろう。
憐れな貫一は、もはや、月を涙で曇らすこともかなわぬ。
ほら、ごらんなさい・・・
ダイヤモンドの大きさを、こんなに喜んでいる。
このお宮は、どう見ても確信犯だ・・・」
「それにしたって、世俗の富を
<ロマンチック>と呼ぶ法がありますか!」
「・・・夏目さん。
末世のことに腹を立てても、お体に障ります」
「西暦2007年」の4次元テレビは、やがて次の番組へ移った。
「ロマンチックな秋の旅!
熱海日帰り、海の幸食べ放題、温泉入り放題、
おみやげ付きで、5800円!」
「なんだか、頭が痛くなってきた。胃も痛む・・・」と、
漱石は、みぞおちに手を当てた。
鴎外もまた、テレビから目をそむけ、
「薬を処方しましょうか」と、傍らの鞄に手を延ばした。
出演者情報: 森山周一郎 03-5562-0421 オールアウト