難破船の救命ボートを選ぶなら
ストーリー 一倉宏
出演 地曵豪
あなたをもうなんども怒らせた
そのたびに あなたは不思議な解釈で追いかけて
ぼくの理不尽を見失ったボールにする
そして あなたはなぜ怒ったのかさえ忘れる
いつのまにか ぼくたちのワインは残り少なくなる
やがて あなたは眠くなる
女性たちよりも美しい酒があるなんてたわごとを
ぼくはいちどだって吐いたことはないさ
そう言って人生を寝過ごした友人もいたけれど
本気で思っていたらもうすこし楽だった
彼も…
たとえばぼくたちの乗った船が難破するとして
目の前に2艘の救命ボートがあるとしよう
片方のボートには1本のワインが載せられていて
それは ちょうどぼくたちが結婚した年の
「シャトー・ムートン・ロートシルト」さ
もう片方のボートにはざっと3ダース
名前も知らないチリ・ワインがどっさり
さあ クイズだ
あなたならどちらのボートを選ぶだろう?
ぼくならどちらのボートを選ぶと思う?
言うまでもなくこのたとえ話は 筋書き通り
どこかの無人島に流れ着くとして
もう寝てしまったあなただから
こんなことを言ってるぼくに怒るにも怒れないね
申し訳ないけれど どうしたって
ぼくはチリ・ワインのボートを選ぶのだから
せめてそれだけは見失わないでほしい
たとえあなたがついに理解できないにしても
人間たちのちょっとしたエピソードの
ほんとうはなにが嫌いでなにが好きかということを
たとえどんなに怒ってもいいから
難破船の救命ボートだけは間違わないでくれないか
そうしたらぼくたちはいつか無人島で
たったふたりの夕焼けに乾杯できるのだから
夕陽よりも紅いチリのワインで
死ぬまで憶えておくことはたったひとつでいいさ
できれば忘れてしまうほうがいい
他愛ない日々のことばのしっぽ そしてあの昔話の嫉妬も
一日の始まりと終わりに必要なことばだって
たった4文字なのだし おはようとおやすみ
あるいは やれやれ…
くりかえし見る夢をあなたに話しただろう
そこにでてくる誰かをあなたは知ろうとしたが
顔も名前も仮のものさ 夢だから
ひょっとしてあなた自身であったかもしれない
あるかもしれない可能性については
ぼくらは話さなかったね
その解釈だけはしなかったあなたが
むこうを向いて寝ている
出演者情報:地曵豪(フリー)http://www.gojibiki.jp/links.html