澤本嘉光2009年1月23日



  うし

                  
ストーリー 澤本嘉光
出演 春海四方

その男は、河川敷の草原の中に
ぽつんと申し訳なさそうに立っていた。
うなだれたようにうつむいて。
じっと、くるぶしくらいまで伸びて風に揺れている草を
見つめながら。

「なにか反省でもしてるんですか」
どうせこの人とは友達にもならない
言葉を交わすのも人生で今日かぎりだろう。
そう思った僕は、
半分からかうような気持ちで
そのうつむいた男に声をかけた。

風が吹いて、草が波のように揺れた。
「よく聞いてくれた。実は、私は早晩殺されるのだ」
勝手に会話の流れを作って、きっぱりとした口調で男は言い放った。
「私の価値は、死後にしか評価されない」

「それはまたどういうことですか?宮沢賢治とか、
 エゴン・シーレのように死後評価が確定する例はいくつもあるけれど。」
たぶんこの男は、自分の言っていることをきちんと理解しながら
しゃべっていないだろうと思えるような棒読みで、男は話し続けた。
「それと、もう一つ、君に謝らなければいけないことがある」
「なんでしょうか。僕はあなたとは初対面で、
 まだ何も悪いことはされていませんが」
「実は私は神戸の生まれではない」
勝手に謝ってきた男は、照れた様子で小声で語り始めた。
「笑ってください。私は尼崎の生まれです。
 でも、人に自己紹介するとき、つい、神戸の方の生まれ、
 と言ってしまっていました。見栄です。」
唐突な、ですます調だ。私も合わせてですます調で答えた。
「よくあります。私も実は住所は浦安なのですが、東京の方から来ましたと
 よく言ってしまいます」

「方、っていうのが、悲しい嘘を背負った言葉なんですね」
男は、目をつぶりながら妄想するかのような表情で答えた。
「嘘をつききれない不安と良心の呵責が入り乱れて、
 つい、使ってしまう言葉です」
男は、自分に言い聞かせるようにざんげを始めた。
「私は、出身地を神戸にすると、
 私の遺体の価値が上がることを知っていて嘘をついたんです」
「遺体の価値?」
「価値をあげるために、出身地を偽った。つまり、偽装。」
「偽装?」
「私の遺体は神戸の生まれだろうが尼崎の生まれだろうが
 本来はまったく価値には関係ない。
 でも、神戸出身、といった途端に
 イメージとして想像上の価値がうまれてしまう。
 俺は神戸を利用した。ごめんなさい神戸。俺の味は、変わらないのに。」

「味、ですか。肉みたいな話ですね聞いていると」
「肉体と言ってくれ」
「肉体、です、すみません」
「俺の人生がかもし出す味なんて、出身地のイメージとは関係ない。
 俺の生き方に賛同してくれる人は、俺の存在を深く味わってくれる。
 そういう人とは死んでからも友達でいられそうだ。」
「いい味出してますよ、あなたは」
「それは僕が神戸といったからかい」
「いえ」
「じゃあ、僕の偽装と関係なく、
 僕の人生がかもし出していると言うのかい。その味を」
「ええ、きっと」
「じゃあ、俺を食え。今すぐに。偽装にまみれた俺の肉を食え」
「何を言うんですか」
「俺は牛だ」
「は?」
「人のような姿をしているが、精神は牛だ。肉体は人間、精神は牛。」
「じゃああなたは」
「そう、神戸牛。」
「松坂ではなくて」
「あそこは田舎だ。但馬でもない。前沢でもない。」
「しかしあなたは外見は明らかに人間」

男は、おもむろに足元にあった草をちぎって、口に入れた。
「まずい。お前も食ってみろ」
「すみません、ちょっと先を急ぐので」
いかにもいい加減な言い訳で僕は会話を強引に断ち切ろうとした。
「そうか、悪かったな。道草食わせて。」
「いえ、大丈夫ですよ。僕も草は大好きなんで」

男は、やっぱりねという顔で僕を見た。
「君も、牛か。」
「僕もきっと牛です。でも、死ぬ勇気なんてないし、いらない。
 天寿を全うしてやります。」
「天寿を全うする肉牛って、パンクだな。かっこいいよ」
男は、尻尾をプルンと一回振った。
僕も、「さようなら」、と、尻尾をプルンと振って歩き出した。

かわらの草むらに、秋の風がひときわきれいな波を続けて起こしていた。
そして、二人のいた周りだけ、草がきれいになくなっていた。

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋


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One Response to 澤本嘉光2009年1月23日

  1. 高田優子 says:

    牛も人間も亡くなってから価値がわかると
    言う言葉に共感を得ました。
    ある意味、人間も動物も変わらない世界で
    持ちつ持たれつ生きてるんですね!
    プライドと見栄で…(笑)

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