一倉宏 2009年2月6日



あなたがリボンをほどくとき
                       

ストーリー 一倉宏
出演   光野貴子

                
学生時代にしたバイトのひとつに 雑貨屋さんの店員がある
地元の商店街に昔からあり 渋い屋号をもつけどおしゃれな店だ
ちょっとした家具から 食器や小物類まで
ちょっとモダンで ちょっとエスニックで そしてお手頃
2代目のご主人のセンスが なかなかよくて
店内は 若い女性たちが思わずちいさな歓声をあげるような
だけど どこか落ち着いた色とデザインに満ちていた

私がここで働いて とてもよかったと思うこと
ひとつは お客がハッピーな場所は働き手もハッピーだ という
たぶんどこでも通用する真実のかけらを 手に入れたこと
もうひとつは プレゼント用の商品のつつみかた
いわゆるラッピングが 上手にできるようになったことだ

最初から箱に入っているような商品は別として
こういうお店の たとえばお皿とかカップとかは
大きさもかたちもばらばらで きれいに安全につつむには
かなりのテクニックもセンスもいる
若いお客さんたちは プレゼント選びも自分の楽しみにするから 
結婚のお祝いなんかにしても セットもので済ますのでなく 
「これとこれとこれを一緒にしてプレゼント用に」 なんていう
高度なパズルを投げかけてくることも 少なくなかった

そして このお店の包装紙が これまた私は大好きだった
雲のかたちというのか どこかのデパートのにも似てるけど
その色がまさに雲のようなグレーで 地味といえば地味
だけど これでつつみ仕上げて 鮮やかなリボンをかけると
とてもシックでチャーミングなプレゼントの出来上がり

そんな 楽しかったアルバイトの日々
ほんとうは その頃の私は
一方通行の 苦しい恋のなかにいた

あるとき へんな夢をみた
…体育座りのようなポーズでうずくまる私は
例の包装紙につつまれて 身動きもせずにいた
包装紙の裏側から 部屋のあかりがひとつ 透かして見える
たぶん私は 巨大なおにぎりのようなかたちをした
ラッピング物体となって じっと座っている …そんな夢だった

恥ずかしい夢だった
朝めざめて しばらくぼーっとして それから
その夢の意味を考え 自己分析して ある答にたどりついて… 
ほっぺたが火傷しそうなほど 熱くなった
私は その数日 その苦しい片思いの相手への
誕生日プレゼントについて ずっと悩んでいたのだ
何にも気づいていない そして 気づいてもきっと
どうにもならない相手への 壊れそうな思いを
あの 包装紙につつんで

それから私は 店で買ったワイングラスを2つ
ていねいにていねいに つつんで 彼に渡した
決して 私が使うことにはならない 透明なあきらめを
あの 包装紙につつんで

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋



ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA