ひとふでがきのいのち
ストーリー 一倉宏
出演 春海四方
人生が、
一本の長い「道」のようなものであるなら、
それは、山あり谷ありの坂道、なんて人生訓じゃなくても、
たしかに、生まれてこのかた、一本の線のようなものとして
私は存在してきたわけで、さいわいにも途切れることなく、
いまに至るまで私という道のりはつづき、
その一本の道というか、線としての私は、
ある日この世に生まれ、しばらくは産着に包まれて動かず、
それから近所のあたりをウロチョロし、そして幼稚園、
小学校、中学校へとまいにち行ったり来たり、そのあいだに、
たくさんの楽しい寄り道があり、道草も食べ放題、
ともだちと遊んだりケンカをしたり、やがて変声期を迎え、
どきどきしながら女の子と待ち合わせたバス停があって、
喫茶店で5時間も話したり、遊園地でジェットコースターの
真っ逆さまや観覧車のおおきな円を描くことを楽しみ、
夜中にふらふらと家を出、ひとりで公園のブランコを揺らしたり、
1年間予備校への不安な往復をつづけ、やっと東京に出て、
また新しい女の子に出会い、若さゆえの馬鹿げた疾走のために、
何度か途切れそうな危険な目にも出会い、やがて会社に通い、
世の中にはじつにさまざまな道が、絡みあうようにあると知り、
なかには理不尽な一方通行も、謎の迷路も、あるいは
肝心なところで邪魔をする工事中も、恐ろしい落とし穴も、
あちこちにあることを知り、あきらめの迂回をおぼえて、
ずるがしこい抜け道もおぼえて、いつしかおとなになっていた
私の道のりは、なるほど険しい坂道や悪路の連続が人生で、
ときには都会の道の網から逃げて知らない街の道に迷いたい、
海外に飛んでもいいし、道なきモンゴルの草原にも憧れつつ、
結局は、仕事としがらみと電信柱の立ち並ぶ、
この日常の地図へと戻って来なければならないわけで、
そこには、まいにち文句ばっかりいってるもうひとつの道と、
それから、もうひとつのまだまだ短い道もあるわけだし、
大変な、ほんとうに疲れる、この道ではあるけれど、
とはいえ、まんざら捨てたもんでもないこともときにあり、
それは都合のいい誤解や幻想であるのかもしれないけれど、
また、どんなにややこしく絡まりあった道でも、
なんとか抜け出せるルートがあることも、それはそれなりに、
おとなになった私の経験則からもわかってきたことで、
どんなにろくでもない、情けないような私の道でも、
いつか、あの、ほんとうに行き詰まった、あのときのように、
みずからこの道を閉じてしまいたい、という結末だけは、
もう、決してないだろうと思う、その根拠としては、
どんな行き止まりや断崖絶壁に出会ったとしても、その道は、
ただ引き返せばいいのだから、ほかにも道はきっとあるのだから、
どんなに悔しくても不名誉でも、それは卑怯じゃない、
私たちの道は道としてつづくことに意味があり、それはつまり、
道とはすなわち時間だから、という意味を、私はある、
若くして病に倒れた、歌姫のメッセージから受け取っていて、
それを忘れない、なぜなら、
ほんとうの行き止まりは、宿命の時間のなかにしかないはずで、
なんどでも引き返せる、私たちの道はつづくべきで、
そうでなければ、つづけたくてもつづれられなかった、
この星の、何億の、数え切れない彼女たち、こどもたち、
その、短い短い、愛おしい、無念な、道たちにもうしわけない、
という涙が、一粒でも、私のなかにある限り、
私の道に、ピリオドはなく、
また、つづく…
出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー
素敵な詩、素敵な語りです。
なにより、「道」というテーマを
春海さんが語られる…。
感慨深く、聞き入ってしまいました。
素敵です。