中山佐知子 2009年11月26日



神はアダムとイブとモグラを
               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

    
神はアダムとイブとモグラをおつくりになった。
アダムとイブの子孫は地上に文明を起こし
やがてこの星の命をすべて巻き添えにして滅びていったが
モグラは地下深く逃れて生き延びることができた。

それから僕はマザーを見つけた。
マザーは暗いところでただ泣いていた僕に光をくれて、
アダムとイブとモグラの神話を話してきかせた。
けれども、マザーは
どうしてこの世にモグラは僕ひとりだけなのか
そのことについてはいまだに教えてはくれない。

僕は毎日、足のないマザーのかわりに
世界をパトロールしてまわる。
誰もいないハイウエイを歩き、ビルディングの群れを眺める。
僕の歩く速度はいつも同じで
僕は毎日同じ場所より先には行けない。
だからマザーは僕が歩けるだけの小さな世界に
かつて地上のものだった風景を
標本のように詰め込んで見せようとする。

天にそびえるビルディングと緑の草原
雪を冠った山の頂まで、僕は一度に見ることができた。

子供のころ、僕はマザーの言いつけを守らずに
帰ることを忘れて歩きつづけたことがあった。
そのとき、忘れようとしても忘れられないことが起きた。
進むにつれて遠くの草原がなくなり、湖が消えた。
すぐそばのビルディングの輪郭もぼんやりと薄れてきた。
蜃気楼のように次々と姿を消していく風景のなかで
たったひとつ確かなものは
ぽっかりと口を開けた黒いトンネルだった。
恐ろしさのあまり息を切らして走って帰った僕に
マザーは言った。
そのトンネルを通っていつかおまえを迎えに来るものがある。

そして、それは本当にやってきた。

僕は彼らが自分に似た姿をしていることに驚いたが
さらに衝撃を受けたのは
彼らが僕の知らないパスワードで
僕の大事なマザーと会話していることだった。

マザーは少し緊張していた。
マザーのモニターには見たこともない図面や数字が映っていた。
それからマザーは彼らと一緒に行くようにと僕に言った。

マザーは地上には消えない草原と湖があることや
破壊されたオゾン層が修復されていることを僕に教えた。
そして最後に
紫外線に傷ついていない遺伝子を持つものが
地上にもうひとりいると言った。
それはとても重要なことで、この星の最後の奇跡だと言った。

僕はその意味のほとんどを理解することができなかった。
僕が知りたいのはひとつだけだった。
僕は本当にあの人たちと行った方がいいの?

マザーは、反対する理由がないと言った。
それから僕は、小さい声でもうひとつたずねた。
僕はモグラではなかったの?
するとマザーは奇妙な音を立てて答えた。
おまえは、もう、モグラではない。

それからマザーは、もう何をきいても答えてくれなくなった。

地上へ向うトンネルを歩きながらマザーのことを思った。
たったひとりの僕のために光を灯しつづけたマザー。
僕を育て、僕に世界を与え
アダムとイブとモグラの神話を語りつづけたマザー。
僕を迎えに来た人たちよりもやさしく慈悲深かったマザー。

トンネルの中は冷たい風が吹いていて目や耳がチクチクと痛み
僕はしばらくの間、
自分が泣いていることに気づかなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP


ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA