中山佐知子 2010年3月25日



花束は身代わりだ

               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

                  
花束は身代わりだ。
花束は自分の身代わりだ、と思ったのは
あの人がいなくなってからだった。

本当は自分が行くべきなのだ。
死んだ妻をたずねて死者の国へ降りたオルフェウスのように。
オルフェウスは妻を死者の国から連れ出そうとして連れ出すことができず
じわじわと心が死んでいき、それから躯が死んだ。

躯が死んで死者の国へ入ると
逢いたい人をもう一度見ることができるのだろうか。
その答えさえ明瞭にあれば
花束ではなく自分を捧げる幸福な人もいるだろうに
神話も信仰も滅びた世界では
誰もその問いに答えるものはない。
だから僕たちは花束を自分の身代わりにして
死者の墓標で祈るのだ。

けれども、花束は裏切りだ。
花束は死者への裏切りだ、と思ったのは
あの人がいなくなってからだった。

たとえ1000の花を束にしても
根を切られ、命を絶たれたた花々が
地の底に眠る人の行方をさがし当てるすべはなく
空に昇った人に会う道を見つけることもない。
だから僕たちは安心して花束を死者への贈りものにする。

けれども
いつか僕は暗くて長い道をひとりで歩くことになるだろう。
その道はどこまで歩けば終わるのかもわからず
どこまで連れていかれるのかも定かではない。
引き返す方法もない。
そんな道をひとりで歩く日がやってくる。

そのとき
暗くて長い道を歩いている僕に誰かが花束を贈るだろう。
あの人が死んだとき僕がそうしたように
僕がいなくなったことを喜ぶ誰かが
たくさんの花束を僕の墓標に置くだろう。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP


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