はじめてのスープ
彼は「踊るもの」に属していたので
春から秋までは仲間と狩りをしながら旅をして暮らした。
望んでいた獲物を仕留めるたびに
彼らは感謝の歌を歌いながら踊ったが
それによって殺した生き物の命は
肉と皮を彼らに与えて空高く昇り
また新しい命として生まれ変わるのだった。
「踊るもの」に属する彼らは
最初の雪が降るまえになるたけたくさんの肉をたくわえ
もうひとつの集団、「見つけるもの」の待つキャンプへ帰った。
肉はふたつの集団に平等に分け与えられた。
「見つけるもの」は、木の実や草の実、鳥の卵、水のなかの貝を集めた。
また糸がとれる植物、土器をつくる粘土のある場所も知っていた。
ときに病人に与える薬草をさがしに何人かが遠出をすることはあっても
集団で旅をすることはなかった。
小さな子供を連れているものが多かったからだ。
「踊るもの」と「見つけるもの」が同じキャンプで冬を過ごすと
翌年の夏の終わりには何人かの子供が生まれた。
子供はふたつの集団の共有財産だった。
その冬、「踊るもの」と「見つけるもの」が集まったキャンプから
ひとりづつの脱走者が出た。
彼はたったひとりの娘のために自分は狩りをすると思いたかったし
娘も自分が集めた木の実や卵を他の男に差し出すことは
涙ぐむほど悲しいことに思われたのだ。
ふたりは彼の肩に担いだ肉がなくなるまで数日を歩き
さらに雪原にウサギや鹿を追いながら旅を続けた。
ふたりは大きな集団から離れ
家族という小さな群れをつくる最初の試みをしているのだったが
彼はひとりで狩りをすることの危険や
大勢でなければ大きな獲物は仕留められないことを
身にしみて理解した。
冬が終わろうとするころだった。
ふたりはもう旅をやめて
凍らない泉のそばの岩陰を木の枝で囲った簡単なキャンプで
日を送るようになっていた。
彼は朝になると狩りをしにキャンプを出た。
このところ獲物が少なく
たくわえといえば何本かの骨と、骨のまわりのわずかな肉だけだった。
今夜も手ぶらで帰ればふたりともお腹を空かせたまま眠ることになる。
それなのに、彼は日が暮れると獲物をさがすのをやめて
どうしても娘の待つキャンプに帰らずにはいられなかった。
その夜、キャンプではいつものようにパチパチと火が燃えていた。
その焚き火はいつもと違う匂いがした。
先の尖った土器が火のなかに刺さっており
骨と骨からはがれた少しの肉が煮えていた。
それから、固い木の実を粉にして練ったものが浮かんでいた。
それらはひとつひとつではお腹いっぱいになる量ではないけれど
汁ごと一緒に食べればふたりとも十分に満たされそうだった。
彼ははじめて目にする食べ物の名前を娘にたずねた。
娘は笑って答えた。
「あなたが帰って来てうれしい」
それはふたりのはじめてのスープの名前になった。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP