飛行機雲
飛行機の中でコカ・コーラをもらうと、ぼくは想像します。
ぼくは飛行機の窓ガラスを叩き割る。
窓から外へ手を伸ばし、
缶を雲の上に傾けると、
空にコカ・コーラがそそがれます。
大きな水滴は、いろいろに形を変えながら、
雲を抜け、風に流されて、
次第にばらばらになりながら落ちていきます。
そのうちの一滴には、
次第に高層ビル群が見えてきました。
そして地面にぶつかりそうになったとき、
その一滴は、
街を急ぎ足に歩く男のおでこのあたりに落ちるのです。
雨か、と男は思い、おでこに右手で触れ、その場で立ち止まる。
そして空を見上げます。
男は多忙を極めていました。
いよいよ明日は、三ヶ月も時間を費やしたプレゼンの日。
最近は、パソコンの画面と手帳と
妻と子供の寝顔しか見ていませんでした。
男が見上げた空は、ぱきっと青く、
大きな雲がひとつ浮かんでいます。
男は、自分が久しぶりに空を見たことに気がつきました。
男の気持ちにやわらかな風が吹きました。
男は、少し笑うでしょう。
唇をわずかに動かして笑うでしょう。
ぼくが雲についだコカ・コーラで、
誰かがこのきれいな空に気がつくなんて、
なんて素敵なことだろうとぼくは思うのです。
ぼくとその男は、まっしろな雲越しに目が合います。
そして男は、ぼくが乗った飛行機が空につくった
まっすぐな飛行機雲に、
明日のプレゼンがうまくいきそうな気になる。
飛行機のなかで、コカ・コーラを前にしてぼくが想像したことです。