6月の花婿
いよいよ、私の番だ。
私は、新郎の少年時代のことを知る、ごく少ない友人のひとりとして、
この豪華な披露宴で、スピーチをすることになっていた。
私は、まだ決めかねていた。
新郎の人生を変えた、あの事件のことを、しゃべるべきかどうかを。
彼は、小学校のある時点から、突然、何かをふりはらうかのように猛勉強をはじめ、
その後、ストレートで東大に入り、
今は、とある中央官庁で、順調なキャリアを積んでいる。
そこに、あの事件が、少なからず影響を与えていることは、
間違いがないのだ。
今、会議か何かで遅れていた、主賓の副大臣が、にこやかに着席した。
上場会社の社長であるらしい、新婦の父親が、
すかさず、副大臣のテーブルにあいさつに向かう。
私は、マイクに向かいながら、確信する。
私はやはり、しゃべってしまうだろう。
小学校3年生の、火曜日の4時間目、理科の授業中に、
新郎が、おもらしをしてしまったことを。
そのとき、6月のしめった教室にただよった、
こうばしい匂いのことを。
それがなければ、今の彼は、存在しなかったのだから。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP