50音ヤクザ
あ
あ! そうだったな。ガキの頃、
い
イ――! ってよく癇癪を起してたっけ。
と舎弟らと昔話に花を咲かせてた丁度その時
う
ウ~~ とけたたましいサイレンの音がした。
え
えっ? まさか警察? なんで俺がここにいることを?
お
おぉー! 元気だったか!その声は。やっぱりアイツ…。
俺をパクッたサツだ。
シャバに出た初日にまたこの顔を拝めるなんて、…ったく。
か
カ――ッ と俺はわざと痰をからませ、道路に吐き
き
キッ と下から睨みを利かす。
く
ククク… とアイツは押し殺した笑い方をし、
おいおい随分なご挨拶だなと言った。
け
ケッ 面白くねぇ。何の用だ。
こ
コ――ッ と空手の型の真似をする。
空手をやってた俺をこうやっていつもおちゃくりやがる。
さ
サッサ と用件を済ませてくださいよ、刑事さん。
俺もヒマじゃないんでね。
し
し―― んとあたりは静まり返っていた。そして俺は
す
スッ と
せ
背 中を
そ
そっ とアイツに向け、両手を挙げた。その時
た
タタタ――ッ と数人のサツが物陰から出てきた。
大袈裟な。思わず俺は
ち
チッ と舌打ちをした。夏の夜の新宿。
つ
ツ―― とこめかみから首筋、それに
て
手 の平にも嫌な汗が滲んでいるのがわかる。
と
ト―ッ! とこういう時にヒーローは登場してくれるんじゃなかったのかい。
な
に
なに かぁ、隠してるよねぇ。アイツはそう言いながら俺の背後に立ち、
ポケットの中をまさぐってきた。
ぬ
ヌー は、どこだぁ?やはり、そいつを探していたのか。
ヌーとは、数グラムでも高値で取引される上物のハッパ。
コカインよりキク。
ね
ねぇ よ。ないって。それでもしつこく体中を調べてくる。
俺は振り向いて
の
NO~! と叫んだ。なんで英語がでてきたのか分からない。
するとアイツは
は
はぁ… と深い溜息を漏らし、急に眼光が鋭くなった。
ひ
ひ、ひひひ… と俺は卑屈に笑ってやりすごす。
ふ
ふぅ。 お遊びはここまでだ。
へ
へぇ~ と俺はおどけてみせる。
ほ
ほぅ と二度三度、俺に顔面を近づけ頷いた。くさい息がかかる。
アイツはブチ切れ寸前。お~コワ。
ま
まぁまぁ… なだめても… やっぱ無理か…。
み
ミーンミーン と不穏な空気を抗うように蝉が鳴きだした。
む
むっ とした暑さが充満していく。
その時、アイツはおもむろに背広の内ポケットから何かを出してきた。
め
も
メモ? 黄門様の印籠よろしく、
これが証拠だと言わんばかりに掲げてきた。
読もうとしたら、すぐに引っこめやがった。ハッタリか?
や
やー さんも、大変な稼業だな。
やってもいない殺しで親分の代わりにブタ箱入り。
長く奉公して外に出てくりゃ、多少の出世はするものの、
今度はシノギ、シノギの毎日だ。そう言って、
アイツは寂しそうにゆっくり俯いた。
ゆ
ゆう ちゃん、もう、足洗いなよ、なぁ。
涙声だった。
ゆうちゃん…。“勇次”という俺の名前を、
そんなふうに呼ばれるのは久しぶりだった。
そう、コイツは…、コイツは…、俺にとってたった一人の兄。
ガキの頃、親父は女つくってすぐに家を出て、
残された母親も次々に男を連れてきては、
そいつとグルになって殴る蹴るの毎日。
そんな時、いつもそばにいて泣きじゃくる俺を助けてくれたのは、
この兄だった。
まさしく俺のヒーローだった。そんな兄の肩が震えていた。
よ
よぅ。 俺はハンカチを差し出した。泣いている兄を、その時初めてみた。
わ
わ かったよ、にいちゃん。…ごめんな。…ありがとな
どうです?編集長
悪くない。
でしょー!じゃあ、今度の新年会の余興は、
この“ハードボイルドかるた”でいきますね。
でも、なんでこんな大変なこと毎年やってんすか?
あ、これか?
編集者たるもの、少しでも作家さんの産みの苦しみを知ることで
いい本が出来上がる!
というのが社長の持論でな。
それで、言葉の素である「50音」という制約の中で
物語を創ってみろとなったわけ。
それが始まり。
なるほどね~。しかし、とんだムチャぶりですね。
まぁな。しかしこれさぁ、
“なにぬねの”のあたりはちょっと無理っぽかったな。
NO~!はないだろ、NO~!は。急に英語だし。
ははは…。やっぱ、そう思いました?
あと“らりるれろ”がない。
さすが!編集長!よく分かりましたね!
ばかやろう。ちゃんと足しとけよ。
…そうそう、でさ、あの兄のメモには何て書いてあったんだ?
あー、それはあれですよ。
どれ?
ん
出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/
瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース
動画制作:庄司輝秋