電磁波ガール
わたしは、
きょうも会社で小説を書いている。
まいにち、定時の一時間まえに出社して
マッキントッシュを起動する。
朝から書きはじめ、昼の休憩をはさんで
八時間。ずっと小説を書く。
株式会社ジュンブンガクという会社に
勤めている。名前の通り、
純文学をビジネスにしている会社だ。
株式会社ジダイショーセツや、
株式会社カンノーショーセツといった
グループ企業にくらべると、
売上げはきわめて小さい。
したがって給料も安いわけだが、
企業ブランドイメージという点で言うと、
株式会社ジュンブンガクの存在は
決して小さくないし、社員のプライドも高い。
そんな株式会社ジュンブンガクの中でも、
メインストリームと言ってもいい
私小説課にわたしは勤めている。
毎月、私小説課長から課題が出る。
六人いる部員が同じ課題で書くことになる。
今月の課題は“アンテナ”だ。
アンテナ。アンテナ。アンテナ。
このところ、ねてもさめてもたべてるときも
アンテナのことを思った。
田口ランディの『アンテナ』はもちろん読んだ。
世界ではじめて電磁波の存在を証明した
ハインリヒ・ヘルツのことも調べた。
八木アンテナのことを知ったときは、
あまりにも面白くて、八木秀次の伝記が
書きたくなってしまった。
調べがいのあるテーマだから
調べてしまうんだ。けれど、いくら調べたって、
ジュンブンガクは近づいてこない。
結局、こんな小説ができた。
『 アンテナ落下
マスダくんの部屋にはじめて行った。
窓の真ん前になぜか大きな段ボール箱が
立っていて、光を遮っている。
わたしより背の高い箱。
なにこれ?と訊いたら、
ゴミ箱だと言う。覗いてみたら、
「うわ」
はんぶんくらいゴミで埋まっている。
牛乳パックやティッシュ、煙草の空き箱から、
わけのわからないものまでぎっしり。
臭いがないのがふしぎ。
冷蔵庫の空き箱なんだ、って
いいわけみたいに説明しているマスダくん。
箱の下の方で、
なにか小さな黒いものが動いた。
「きゃっ」
小さな黒いものは、蟻だった。
蟻が行列をつくって、箱の下に潜っていく。
「ありだよ、マスダくん」
言わなくてもわかることを口に出すわたし。
そうなんだ、蟻。と、マスダくん。
蟻がきて困る、という感情はなく、
ただそこに蟻がいる、という事実を述べる。
問題は、そこが部屋のなかである
ということだと思うが、
マスダくんは、いたって冷静だ。
箱の下の方に、シミがあるような気がしたが、
見ないことにした。
段ボール箱の上の方に、
なぜかテレビのアンテナが取り付けてある。
「あそこに立てると映りがいいんだよね」
アンテナを見ているわたしに、
マスダくんは小さなテレビを指さして説明した。
わたし、ここで服を脱ぐことになるのかなぁ・・。
唐突に、ヘンな想像をしてしまう。
高い高い段ボール箱のふもとで、
ハダカになって横たわるわたし。
その横で、わたしたちの営みには
まるで無関心な蟻たちが歩いている。
「ぷっ」
いかん。
じぶんで想像しておきながら笑ってしまった。
マスダくんもあいまいに笑ってる。
(以下略) 』
たぶん、私小説課長は
このへんから先を読んでいない。
途中で原稿を破り捨ててしまったから。
そのあと性行為に及ぶふたり。
ことの最中に主人公の女性が段ボールを
蹴飛ばしてしまい、アンテナが落っこちる。
夜になってもテレビが映らず、
しかたなく二度目の性行為・・。
そんなせつない展開を用意してたのに。
私小説課長いわく、
ただアンテナがアンテナとして
出てくるだけではないか。
そんなものジュンブンガクと言えるか。
アンテナを思想にしろ。
アンテナは何を象徴する。
アンテナを通じて何をメッセージする。
そこんとこ考え直せ。
アンテナ、アンテナ・・。
再びアンテナの海を泳ぎ始めるわたし。
それにしても、
八木アンテナをつくった八木秀次って
すごいなぁ。じぶんの知らないところで、
敵国に利用されるなんてねぇ。数奇だよねぇ。
バトル・オブ・ブリテン、真珠湾、ミッドウェー。
八木アンテナの視点でこのへんの歴史を
書き換えていく。だけど、クライマックスは
戦後のテレビ放送開始。皇太子ご成婚から
東京オリンピックでハッピーエンドにするか。
司馬遼太郎も真っ青の大長編!
だめだめ。
私小説課長にまた、破り捨てられる。
書き直してる時点で、すでにボーナスの
査定マイナスだよなぁ。
アンテナ、アンテナ、アンテナ・・。
情報を受信する。キャッチする。
映像や音声を発信する。さまよう電波。
ひとりブレストしているうちに、
頭のなかにイメージが浮かぶ。
無数のアンテナをいったりきたりする女。
空飛ぶ美女。バットマンに出てきた
キム・ベイジンガーみたいな。
タイトルは、『電磁波ガール』。
よし、できた。
出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属