風のないグラウンドは
風のないグラウンドは、ちょうどあの日みたいに暑い。
暑すぎる。10月だというのに。
西陽が、じりじりと頬を焼く。
フェンス脇にはえたセイタカアワダチソウの花が、黄色く光っている。
ほんとに、ちょうどあの日みたいだ。
このグラウンドに来るのは、何年ぶりだろう。15年…20年?
ずっと、来るのが怖かった。
彼女が遠い町に転校していくというしらせを、僕は教室できいた。
担任の佐山先生は、おとうさんのお仕事の関係だそうです、とだけ言った。
違う。
彼女の転校は、僕のせいだった。
僕のせいなのだ。
あの日、僕の足元にあの石さえなかったら――
そんな身勝手な後悔をどれだけ繰り返したことだろう。
彼女の連絡先を探そうとしたこともあったが、むなしい望みだった。
わたしの左目をつぶしたのは、あいつです。
いつ彼女が周囲にそう告げるか。僕はおびえ続けた。
小学校を卒業し、中学、高校と進んでも、恐怖は薄れなかった。
でも。
僕を捕まえに来る大人はいなかった。
大学受験を期に僕は町を出、それ以来、戻ることはなかった。
大学を卒業し、就職し、家族もできた。
変哲もない人生だが、平凡な幸せを味わってもきた。
だが――いや、それだからこそ、
罪悪感は治らない傷口から浸みだす体液のように僕を濡らし続けた。
そして――
僕はたえられなくなった。
出張だ、と妻に嘘をつき、両親もとうに家を引き払い、
親類縁者とてないこの町へむかう列車に乗り込んでしまったのだ。
暑い。
風がないグラウンドは、ほんとうに暑い。
あの日のままだ。
僕は考える。
いっそ、彼女が僕を断罪してくれたら、どれだけ楽だったろう。
なぜそうしなかった?
なぜ、誰にも言わなかった?
ふと、ある考えが浮かぶ。
咎めも、しかし赦しもしないことで、
僕をあの日に宙吊りにし続けること。
このグラウンドにしばりつけること。
それこそが彼女の意図だったのではないかと――
そのとき。びゅ、と風がふいた気がした。
ああ…それにしても、あつい。
はやくかえってつめたいむぎ茶がのみたい。
きょうは、宇宙刑事ギャバンの再放送があるから、
それまでにはかえりたいんだ。
グランドでまってる、なんて手紙を、
まつながゆきはそうじの時間にぼくに手わたした。
いやなんだ。まつなががそういうことしてくるの。
そういうの、クラスのみんなに見られると、すごくひやかされるし。
すぐいっしょにかえろうとかいうし。
ああ、なんかへんなかんじだな。
ずっとまえにもこのけしきをみたことがあるような気がする。
そういうことってよくあるのよ。ってかあさんが言ってた。
なんていうんだっけ…
あ、やっぱり。
まつながが立ってる。
きょう、もしなんか言ってきたら、きもいんだよ、って
石でもなげておどかしてやろう。
あたらないようになげるさ。コントロールにはじしんがある。
「きてくれたんだね」
うれしそうなこえがした。
むこうをむいて立ってたのに、ぼくにきづいたみたいだ。
まつながが、いま、こっちをふりむく――
(終)