『路地の話』
出張で、生まれ故郷にやってきた。
しばらく帰っていないせいか、ずいぶんと久しぶりに感じる。
仕事の時間が空いたので、なつかしい場所を歩いてみた。
坂の多い街。子供の頃遊んだ場所。
道幅が狭く、車が通れない路地が、たくさんある。
階段も多い。誰も知らない秘密の小路も、たくさんある。
様々な遊びの思い出が詰まっている小路を、あてもなく歩いていた。
ある家の庭にある、見覚えのある楠の木が、そのまま残っていた。
その懐かしく、見事な様(さま)を見上げていた時だった。
『ガチャリ』
どこかから、鍵の音と、ゆっくりとドアが開く音が聞こえてきた。
少しさび付いた蝶つがいの、重いドアの音。
なんだろう、と思っていると、ふわり、と風が、路地を吹き抜けた。
ざざざっと、木の葉の擦れる音が広がっていく。
いきなり道の角から、子供の集団が、勢い良く現れた。
数人はいただろうか。
イマドキにしては、ずいぶんと元気の良い子どもたちだ。
私にぶつかりそうになりながらも、上手く避けて走り去っていく。
髪型も、服装も、なんだか懐かしい子どもたちだ。
手には銀玉鉄砲を持っている。
あんなオモチャ、まだあるんだな。
いや…
ちょっと待て。
あれは五十嵐に、遠藤に、田辺、
それに山下もいるじゃないか。
そして一番後ろを走っているのは…
僕だ。
私の横をすり抜ける時に、横顔がちらりと見えた。
あれは僕だ。間違いない。
子供の集団は、一段の風となって、路地の角を曲がろうとしている。
私は思わず、小走りに彼らを追いかけた。
唇が動いたが、言葉が出てこない。
どこからか、ドアがぎぎっと閉まる音が聞こえてきた。
私は急いで角を曲がった。
しかしそこには…
子どもたちの姿は、もうどこにも無かった。
『ガチャリ』
ふたたび、鍵の音がした。
風はもう、すっかり止まっていた。
私は、肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
静かだった路地を、ゆっくりと街の騒音が満たしていく。
今のは、夢だったのだろうか。
しかし子どもたちの声は、まだ頭の中にこだましていた。
あの鍵を開けたのは、誰だ。
もう一度、開けてくれないか。
お願い、誰か鍵を、もう一度だけ。