リコポールの毛糸の赤いパンツ
リツコはみんなからリコポールと呼ばれていた。
当時そんな名前の洗剤が発売されてテレビでコマーシャルしていたからだ。
毛糸の赤いパンツがリコポールのトレードマークだった。
洗濯水のにおいのする路地を挟んで両側に長屋が並んでいた。
リコポールはいつもそこの路地にしゃがんで泥の団子をこねていた。
毛糸の赤いパンツが丸見えだった。
リコポールは鼻の穴が上を向いていて、笑うとゴリラに似ていた。
怒らせると泥をつかんで路地の外まで追いかけてきた。
投げられた泥が目に入るとものすごく痛い。
どんくさいケイゾウは逃げるのも最後だったし、
よけるのも下手だった。
逃げながらリコポールをからかう男の子たちに
リコポールは鼻の穴をむいて悪態をついていた。
両者の間でケイゾウが一人で泣いていた。
ツーという坊主頭がこのあたりでは一番年上で悪い。
下にマーとショーという弟がいた。
この3人が子供たちの中心だった。
ケイゾウはたいていの遊びで鬼にされ、のけ者にされ、
おやつを巻きあげられて、泣かされていた。
それでもケイゾウはどこでもついていく。
遊びに飽きた彼らがリコポールの毛糸の赤いパンツをからかう。
リコポールが泥をつかんで逆襲する。
その泥が目に入って泣くのがケイゾウだった。
ツーのお父ちゃんは鳥を飼うのが趣味で
家の前に大小のかごを積み重ねてその中でいろんな鳥を飼っていた。
あるときケイゾウが鳥かごを見ると、中に大きな蛇がいた。
ツーのお父ちゃんすごいねんな。蛇も飼うてるんやな。
というと、ツーが急に黙って鳥かごの中を見つめた。
マーもショーも他の子供たちも驚いた。
青大将や。十姉妹食べよった。
ツーが叫んだ。
マー、お父ちゃん呼んで来い。
ツーのお父ちゃんがクワをもってやってきた。
鳥かごを開けて、中から蛇をとりだすと、道の真ん中に引っ張り出した。
これから大虐殺が始まるのだ!
ケイゾウはリコポールに知らせに行った。
来てみ。蛇殺すで。
子供たちは興奮して蛇が殺されるのを見た。
ふくらんだ蛇のお腹をツーのお父ちゃんが切り裂いた。
みんな固唾を飲んで見守った。
中から鳥の羽が出てきた。
もう消化されとるわ。
鳥かごの中で薄眼を開けて舌舐めずりしていた蛇を、ケイゾウは思い出した。
「あの蛇な、ぼくが見つけたんやで」
ケイゾウは自慢した。
「ふうん」
リコポールは自分でもわからない高揚する気持ちを押さえて腕を組んでいた。
リコポールの姿がしばらく路地から消えた。
体の具合が悪いらしいといううわさだった。
ある日ケイゾウが外に出ると、リコポールが一人で泥遊びをしていた。
「病気やったんか」
とケイゾウが聞くと、
「見せたる」
リコポールは立ってセーターとブラウスの裾をめくりあげ、
ぽこんと突き出たお腹を見せた。
臍のまわりに小さな赤い斑点ができていた。
「じんましんや」
自慢げにそういって、すぐにブラウスの中にしまった。
じんましんて何や?
ケイゾウの眼の中にリコポールのぽこんとしたお腹が焼きついた。
それからしばらくしてリコポールがまた路地から消えた。
リコポールのお父ちゃんとお母ちゃんもいっしょだった。
今度は戻ってこなかった。
後から聞いた話によるとリコポールの家は借金が払えないようになって
どこかに引っ越してしまったということだった。
それを聞いたのはケイゾウがもっと大きくなってからだ。
それ以来、ケイゾウはリコポールに会っていない。
リコポールが生きているのかどうかもわからない。
ケイゾウはときどきリコポールのぽこんとした白いお腹を見たことを
思い出した。
あの時リコポールがとても弱い危うい存在に感じられたことを。
蛇や鳥のように簡単に死んでしまいそうに思われたことを。
ケイゾウたちがいた長屋は取り壊され路地は消えた。
泥団子で遊ぶ子どもも蛇も消えた。
街を歩いていて、ときおり忘れられたような小さな路地を見つけることがある。
そんなときケイゾウはつい中をのぞいてしまう。
毛糸の赤いパンツを穿いたゴリラのような笑顔の女の子がいないかと
探してしまう。