カムチャッカの若者
まさか2013年の新年早々、こんな奇跡的な出来事が、
しかも日本で起こるとは思わなかった。
あの、カムチャッカの若者と、メキシコの娘が、
日本のとある神社の境内で、すれちがったのだ。
そう聞いて、
ぴんとこない人には、解説が必要だろう。
ふたりは、谷川俊太郎さんの、
「朝のリレー」という詩の中の登場人物だ。
詩の中で、きりんの夢を見ていたカムチャッカの若者は、
いまは動物園につとめていて、
現実のきりんに、ほとほとうんざりさせられているという。
詩の中で、朝もやの中でバスを待っていたメキシコの娘は、
その後、お金もちと結婚したおかげで、
もうバスを待つ必要はなくなった。
基本的に、移動はタクシーの場合が多いらしい。
このふたりが、
それぞれの事情で今年のお正月を日本で迎えることになり、
それぞれが泊まっているホテルに近い、
山王神社に初詣にやってきて、
そこで奇跡的に、すれ違うことになったのだ。
しかし、
残念ながら、そこで劇的なことは何も起こらなかった。
ふたりは、何らあいさつを交わすこともなく、ただすれ違っただけだった。
お互いが、同じ詩の中の登場人物であることを知らなかったので、
これは仕方がないことだ。
ただ、この事実を知っている我々だけが、
この奇跡に、新年早々何やら幸先のよいものを感じ、
心ひそかに、喜ぶことができるのだ。
ちなみに、
カムチャッカの若者は、自分が詩の中で、
カムチャッカの若者と呼ばれたことに、不満を抱いているらしい。
カムチャッカという言葉の響きが何となくおもしろいからというだけで、
カムチャッカの若者などと呼ばれたのではないか、という疑いを、
いまだに捨てきれないでいるのだ。
別に普通に、ロシアの若者、でもよかったのではないかと…。
もし彼が、神社の境内で、メキシコの娘に気づくことができていたら、
彼女とその話題で、ひとしきり盛りあがれたかもしれない。