「負け戦」
30分ぶりに赤い花が手渡され、僕は椅子から立ちあがった。
花といっても造花だけど。
白いボードを振り返り、石川4区の枝川くんの名前の上に花をくっつけた。
この選挙区は、野党から人気のプロレスラーが出馬して苦戦してたとこだっけ。
枝川くん、良くやってくれた。
会場に拍手が響く。でも、どこかうつろだ。
仕方ない。開票が始まって、もう4時間もたつのに、
250人の候補者名が書かれた白いボードに、花はちらほらしか咲いてない。
枝川くんで花をつけるのは最後かな。。
やっぱり、たくさん余っちゃったなあ、赤い造花・・・
僕は現職の総理大臣。
でも今は、政権与党の代表として、党本部で開票に臨んでいる。
あと数議席残ってはいるが、まあ焼け石に水だろう。
会場のソデには片目のダルマや、その横に大きな酒樽も見える。
ここだけじゃない。全国の候補者の事務所にも置いてあると思うと、
相当な数が無駄になったはずだ。
しかし、まさかここまでとは・・・惨敗だ。
敗因はいろいろあるが、とどめは、やはり景気対策だったのだろう。
高齢化による社会保障費と国の借金の増大。
僕は庶民派総理として、明るい未来のために、極力無駄をはぶき、
財政削減に邁進してみたんだけど。
その結果が、これだ。
そういえば、選挙準備の時、
「どうせ無駄になるんだから、当選者につける赤い花、
用意を半分くらいに削減してはどうか」という意見も出てたけど、
「縁起が悪いから」と人数分発注したっけ。
やっぱりこんなに余っちゃって。
まあ、花屋の景気には貢献できたかな。
景気対策で負けたのに、皮肉なものだ。
「お車の用意ができました。ご自宅でよろしいですか?」と、
秘書が耳打ちしてくる。
帰りたくないなあ。
いわばリストラだ。帰っても、妻や娘が、そして僕も気を遣う。
かといって、僕がリストラされたのは国民全員にもバレバレだ。
どこに行ったって、誰かに気を遣わせてしまうだろう。
そして、ここに居座るのも片付けの邪魔になる。
「千葉へ」と僕は言った。
「こんな時間に、何しに来たの?」
千葉の実家で一人暮らしの母は、まだ起きていた。
「いや、カーネーションがたくさん余っちゃってさ」
僕は、持ってきたダンボール箱を手渡した。
「あらまあ~。ん?あんたバカねえ。これはバラよ(笑)」
「あれ、そうだっけ?」
照れ臭い僕は、とぼけてみせた。
当選者用の余った赤い花。300輪はあるだろう。
政治家の母が、その意味をわからぬはずがない。
が、
「ありがと、こんなにたくさん。うち中がバラ園になりそうだわね~。
うーん、いい匂い」
「母さん、それ造花だよ」と言うと、
「わかってるわよ。ボケてみただけ~」と言って僕を笑わせてくれた。
母は、もう85だ。まだ達者だが、本当にボケる日も近いだろう。
選挙では、国民や企業や労組や各種団体から応援してもらった。
しかし、それは一瞬で、恐ろしい「貸し」に変わる。
妻や娘たちからの声援ですら、重たいものとなる。
しかし、母は、別だ。
「何か食べるかい?あんたのことだから一生懸命やったんだろう。
気にすることないさ。」
もし僕が戦争を起こし日本を焦土にしてしまっても、
母は同じように言うのだろう。
「モンスター」と呼ばれることのなかった、僕たちの親の世代。
高齢化社会は大変だと言うが、
僕たちを無条件に受け入れてくれる母さんや父さんが、
まだたくさんいてくれるということなのだ。
ずっと生きててくれないと、こんな夜、行く場所がなくなっちゃうよ・・・
だからこそ、将来の負担増に備えて、財政支出は切りつめとかないと、って
思ったんだけどなあ。
ばらまくんだろうなあ、新しい総理。
母は、「がんばれがんばれ。」と見送ってくれた。
あと数日で総理じゃなくなっちゃう僕だけど、
もちろんこれから野党としてがんばる所存だよ!応援よろしくね、母さん。
出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/