小山佳奈 2013年3月17日

「シベリアの花」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 植野葉子

シベリアで3万年前の花が咲いたという
ニュースをテレビで見たのは、
父の3回忌の日だった。

母と私をあっさり捨てて若い愛人のもとに走った父は
半狂乱になって死んだ母の葬式にも連絡一つ寄越さず
それから10年くらいたった頃に流行り風邪をこじらせて死んだ。
ご親切な役所から紙切れが送られて来たことで父が
愛人にはとうに捨てられていたことがその時わかったわけだが
そんな父の命日なんかよりもいまの私には
会社に休みますっていう電話をどうするかの方が重要で
案の定こんな決算の大事な時期に休むなんてとぶつぶつ言われ
私はすんませんと適当に電話を切ってベッドに寝転がり
鈍く痛むお腹をさすりながらニュースを見ていた。
シベリアの永久凍土から発見された種子を
最新の科学の力で咲かせたというその花は
3万年という年月から目覚めたわりには
バカみたいに平凡な顔つきをしていた。

そっか。

私のお腹の中にあった種も
永久凍土に埋めてあげれば
よかったかな。

そうすれば3万年後の人類が
その種を育ててくれたかもしれないな。

いやいっそ私とナカタニさん二人で
永久凍土に埋まればよかったのか。
でもそうするとどっちがどっちを先に埋めるのだろう。

たぶんナカタニさんは
後から絶対いくからと言って私を先に埋めて
でも怖くなって逃げちゃったりするかもな。
それでシベリア鉄道のキーホルダーを子どものお土産に買って帰り
「いくらビジネスチャンスだからってシベリア出張はきついよね」
なんて奥さんに脱いだ背広を渡しながら言うんだろうな。

結局私も父と同じだった。
不倫みたいな、低能で、低俗なこと、死んでもするかと思ってたのに。
血は争えないって、こういうこと。
シベリアの花は3万年たっても、シベリアの花であるように。
DNAの二本の鎖が私を絡めとるのだ。

ひょっとすると私のお腹の中にあった種も
3万年後に見つけられたら同じことをするのかもな。

いまとなってはどうでもいい。
もう私のお腹の中には何もない。

洗濯物ごしに見える外は
ウソみたいにいい天気だった。
私はせんべいをぽりぽり食べながら
明日、父の墓参りにいこうと思った。

出演者情報:植野葉子

 


ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA