古川裕也 2013年5月19日

彼らは成長した

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

出張から帰った木下が、まず気づいたのは、
空気が少し黄色いことだった。
次に、自分に3本目の足が生えていることに気がついた。
場所は、へそのすぐ下。長さは、膝より少し下くらいまである。
おそらく生えたばかりだろう。少し青い。
歩いてみると、当然、股間の前でちょっとした棒が
ぶらぶらすることになるのだが、
歩行のリズムに合わせてぶらぶらするので、別段不都合なこともない。
両手両足の2次元のリズムより今回の3次元のリズムの方が心地よいくらいだ。
モノレールを降りて久しぶりに日本の街を歩いた木下は、
3本目の足をぶらぶらさせて、むしろとても気分がよかった。

翌日、木下と共に出張していた浅尾が帰国した。
出社した彼は顔のまんなかをエレベーターの上枠にぶつけ、
鼻血を出していた。背が伸びたのだ。
本人の申告によれば、6センチほど。彼は47歳である。
帰国する飛行機に乗るときは、気づかなかった。
3時間半ほどのフライトの間に6センチ伸びたことになる。
かっこよくなったかと言えば、残念ながらそうでもない。
伸びたうち、5センチは顔の部分なのだ。
少なくとも日本において、あまり見かけるプロポーションではない。
すれ違う人々は、3秒くらい浅尾の顔を見つめ、
そのあと2秒で全身をさっと見渡した。

その翌日、島田が帰国した。木下、浅尾と同じ出張先だった。
島田は、腰の少し下くらいまで、髪の毛が伸びていた。
とてもきれいに。レゲエ的ではなく、シャンプーのCM的に。
彼は、久しぶりの出社を気持ちいいものにするために、
とっておきの濃紺のアルマーニのスーツを着ていた。
頭部が急激に重くなり、少しだけ歩きにくそうだったけれど。

島田は営業である。当然すぐ床屋に行った。
だが、無駄だった。翌朝目覚めると、
彼の髪は、帰国直後とほぼ同じ長さになっていた。
営業として、島田には試練の日々が続くだろう。

彼ら3人は、出張中、ほぼ同じものを食べていた。
いちばんおいしくて、いちばん印象に残ったのは、
北京ダックだったと、3人とも言う。
日本で食べるのとは全然ちがって、本格的な味だったと口を揃える。

残念ながら、その味の違いは、
高級な材料だったからでも料理の仕方によるのでもなかった。
3人が食べた鶏には、成長ホルモンが注入されていたのだ。
とてもとても強力で、すごくすごく大量のそれが。

彼ら3人は、今、会社のなかの秘密の部署にいる。
半透明の扉の向こうにデスクを与えられ、
人目に触れずにすむ仕事を黙々とこなしている。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

  


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