花火男
気づいたときには、男は火薬の詰まった真っ黒い玉になっていた。
というのも男は眠りに落ちる前、どうせならでっかい打ち上げ花火のように、
バーンと輝いてパッといなくなりたい、と神様に願ったからだった。
自分がでっかい打ち上げ花火になってしまったと気づいた男は
「いやいや神様、花火って言ったのは比喩だから」と叫んだのだけれど、
その声を聞いた神様は雲の上から
「いやいや男よ、時すでに遅しだから」と叫び返したのだった。
時すでに遅し。ずっとそういう人生だった。
自分の人生を決めるのはいつも自分ではなく状況だった。
なんの覚悟もできないまま何十年も状況に従い、
一個の黒い花火玉になったのだ。ただこんな姿になって
「時すでに遅し」と言われるのは気分が良かった。
生まれたときからずっと、時はすでに遅しでよかったのだと
ようやく気づいたのだった。
それから幾日もたたない夏の夜、男は
花火師の手によって漆黒の夜空へ打ち上げられた。
長年自分がべったりはりついてきた地上はぐんぐん小さくなった。
すばらしい気分だった。重力に逆らって飛ぶのが、ではなかった。
重力が自分を地上につなぎとめていたことの意味を知ったからだった。
ずっと解放されたいと思いつづけた地上の
つながりやしがらみの意味を理解したからだった。
自分とともにあったものは、ぜんぶあってよかったのだった。
男はこれ以上重力に逆らうことができないという地点にたどりついた。
男はもうすぐ死ぬのだった。
もうすぐ死ぬ、ということが、
こんなに晴々とした気分にさせるとは考えてもみなかった。
体の真ん中に小さな火がともった。
小さな火は、そのまわりにある無数の小さな火種のひとつひとつに、
つぎつぎと火をともしていった。体中に力がみなぎった。
こんなに生きたことはなかった。死ぬから生きているのだった。
本当はこんな姿になるずっと前から、死ぬから生きているはずなのだった。
本当はだれもが、生まれたときから時すでに遅しなのだった。
時すでに遅く、死をめがけて、空を駆けあがっているのだった。
火が体中のすみずみにいき渡り、玉は炸裂した。
男はもはや何者でもなく、さまざまな光となって地上にふりそそいだ。
夜の闇へ消えさってしまうその瞬間、
男は「時すでに遅し」と歓喜の声をあげたのだった。
出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/
面白かったです。