「お月見どろぼう」
夜だけど、青空だね。
冴えわたる夜空を、雲がよこぎっていく。
真円に近い月が金色に光っている。
地球にいるかぎり、あの裏側を見ることはない。
裏側には顔が書いてあるらしい。
または、秘密基地がひしめいているらしい。
ちょうどいい塩梅の風が吹いていく。
すごい。ザ・中秋の名月だ。カンペキだ。
気分もいいので勝手に祝うことにする。
ベランダに箱をおいて、水色の手ぬぐいを敷いて、
ピーコックで買ったお団子と、缶ビールと、花瓶にさした薄をおいた。
缶ビールをあけたら、ふーっと、薄が揺れた。
目を閉じる。
いろんなことがどうでもよくなる。
ATMの長い列で、うしろのおばさんに抜かれたことなど、どうでもいい。
と、ふと目をあけると、箱の上の缶ビールがない。
倒したかな、と辺りを探しても、ない。
よくよく見ると団子もひとつ減っている。
こりゃあ・・・
こんな月の夜は、判断は自分次第だなあと思う。
物騒な想像よりも、今夜はファンタジー志向かな。
だいいち、ここは8階のベランダだ。
いつか、おばあちゃんに聞いたやつかな。
お月見どろぼう。
お月見の日だけ、子供たちは
お団子やお菓子を公然とぬすむことができるという昔からの風習、
イベントだ。
「お月見くださーい」というかけ声が
ハロウィンなんかより、シックでかわいい感じがする。
薄は神様の寄り代だというし、神様のいたずらか。
それとも、月からおつかいの子供がきたか。
にしても、堂々とビールをもってくあたり、
なかなかの子だな。
と、ニヤリ。