「となりの芝生」
嫉妬って感情が
あたしの人生から消えてくれたらいいのに。
美容院で久々にカラーリングを受けながら、
自分では絶対買わないたぐいの女性誌をめくり、
ミカコは、そんなことをふと思った。
二度見される女のツヤ肌特集。
イケダンがつくる妻と子のもてなし料理。
NYでベーカリーカフェの夢をかなえた元OL…。
夜中に電気をつけられたような
まぶしい記事にクラクラしてくる。
顔をあげれば、鏡に映る自分より、
美容師の手塚くんの顔の方が小さい。
遠近法を差し引いても、確実にひとまわり小さい。
嫉妬…。
帰り道も、街を歩く女性たち全員が
みんなキラキラ光って見える。
新色のコートも、ファーつきのブーツも、
恋も、仕事も、結婚も。
欲しいものをぜんぶ手に入れてますオーラが
後光のようにさしている。
あたしいつから、
こんな嫉妬漬けになっちゃったんだろう。
ミカコは湧水のようにあふれでる
よどんだ気持ちに耐えきれなくなり、
それを紙に書きだしてフタをすることにした。
ホールケーキを丸ごと食べても太らない、同期のマリコへの嫉妬。
テキスタイルの賞をとって自分のブランドを立ち上げた、
後輩アサちゃんへの嫉妬。
最近10歳年下の彼氏ができた、バツイチのナツミへの嫉妬。
空になった焼菓子の空き箱に
ミカコがありったけの嫉妬を詰め込んで
フタをしようとした、そのとき。
「こんにちは」
箱のなかから何やら声がした。
おそるおそるフタをあけると、
箱の底一面になぜか芝生がふさふさ生えている。
その真ん中には瑠璃色の天然石が鎮座していた。
「なにこれ?」
「となりの芝生は青いっていうでしょ」
箱庭の芝生の真ん中で、その瑠璃色の石が言った。
「ちなみにここ、あなたの芝生だから」
「あたしの?」
石はだまったまま、青い芝生の上で、
気持ちよさそうに寝そべっていた。
「あたしも寝そべっていい?」
「もちろん」
流れていく雲に、同じ形のものはひとつもない。
ミカコは、その芝生に抱きしめられるように
深く深く眠りについた。
「いい感じで、髪、明るくなってますよ~」
手塚君の声で我に帰ると、
ミカコはさっきの美容院でカラーリングを受けていた。
膝の上に広げていたのは今月のジュエリー特集。
さっき見た瑠璃色の石と似たやつがある。
ミカコが生まれた12月の誕生石、ラピスラズリ。
嫉妬を除き幸運をもたらすパワーストーン。
鏡の中では相変わらず、手塚くんの顔が
ひとまわり小さかったけれど、
ミカコの気持ちはすっきりしていた。
あたしの中にも、ちゃんと、
誰かのとなりの芝生はあるのだから。
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