ペテロは天国の鍵をもらう前に
ペテロは天国の鍵をもらう前に
師が何と言ったかを思い出そうとしていた。
そうだ、師はまず「おまえはペテロだ」とおっしゃったのだ。
確かに俺はペテロだよ、とペテロは思った。
しかし、もともとはシモンという名前があったのだ。
なのに、師は俺にペテロという名前をつけた。
いや、違う。師が俺を呼ぶときは「ケファ」だった。
ケファはユダヤで岩という意味だ。
ペテロはギリシャ語の岩だ。
要するに、師は俺のことを岩ちゃんと呼びたかったのだろう。
でもなぜ岩なのか??
ペテロはその続きを少し思い出してみることにした。
師はそれからおっしゃったのだ。
「わたしはこの岩の上に教会を建てよう」
まずい…ペテロは動揺した。
岩の上ということは俺の上ってことか?
俺の上に教会を建てる?
いやいやいや、無理でしょそれ。
岩って名前だけだし。
実際のところ掘立て小屋も支えるの無理なくらい
非力なんだよ、俺は。
ペテロはいつもそこで記憶を封じ込める。
いつもそうだ。教会を建てるくだりになると
もうその先を考えるのがイヤになってしまうのだ。
信仰を支えるだけでも責任重いのに
教会なんて、あんな物理的に重い建築物を支えるなんて
もうぜったいにイヤだかんね。
しかし、実際には
初代法皇であるペテロの墓はバチカンにあり
その墓の上には世界最大級のカトリック教会が建っている。
信仰を支えて逆さ磔になったペテロは
死んで後やっぱり巨大な石の建造物を支える羽目になった。
教会の名前はサン・ピエトロ寺院、
聖なる岩ちゃん教会だ。
しかし、棺に眠るペテロはそのことを知らない。
すでに自分の上に教会が建っていることを知らない。
もしペテロがそのことを知ったら
ペテロは続きを思い出す努力をするだろうか。
師はペテロにこう告げたのだ。
「おまえに天国の鍵を授けよう」
ペテロは思い出さない方がいいのかもしれない。
信仰と教会を背負った上に
天国の責任まで押しつけるのは気の毒だ。
天国の鍵らしきものは未だに発見されていない。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/