横澤宏一郎 2014年7月20日

オレンジ        

     ストーリー 横澤宏一郎
        出演 齋藤陽介

「夕方をなくします」
誰が言い出したかも忘れたけど、
知らないうちに世論もその意見に概ね賛成ってことになっていた。
反対する人の声は消されていった。
そして夕方はなくなった。

昼と夜の間に余計な時間はいらない、
そんな中途半端な時間があるせいで
子どもたちはダラダラ遊んでしまうし、
家にもなかなか帰ってこない。ごはんの時間も安定しない。
そしたら宿題する時間もなくなってしまうではないか。
だから夕方なんていらない。
そんな、どこぞの主婦団体の無茶苦茶な主張が発端だった。
思い出した。
それに教育団体も乗っかって、
そしたらお役所も支援とかしだして、
もう本当にそういうもんなの?なんて言えない空気すら
出来あがってしまっていた。
プロパガンダってこういうもんなんだなって、
思ったことは覚えている。
そうだそうだ、すっかり思い出した。
思い出したくないことも。

そのときボクは結婚の約束までしていた彼女と別れたばっかりで、
人生で初めて仕事もずっと休んでしまっていた。
友達に会うこともなく、ひとり家にこもって
飲んだこともなかったウイスキーを
無理矢理飲んでは吐くという毎日だった。
なにが言いたいかというと、
そのときのボクの記憶は曖昧だってことだ。
まあそもそも忘れやすいのだけど。
でもいま思い出した。なんでだろう。

話を戻す。
その年の7月1日に夕方がなくなった。
午後6時が昼と夜の境として決められた。
7月なんて夏の6時は、いままではまだまだ明るかったけど、
その日は急に暗くなった。これには正直ビックリした。
回覧板でも七月一日から夕方がなくなりますって
ちゃんと告知されてたけど
半信半疑でいたから、誰もいない部屋で、
国もやるなあって口にしながら、
夜になったしとウイスキーの瓶に手を伸ばした。
あの日はなぜか全然酔えなかった。
あれ、完全に思い出したな。

でも、すぐに夕方は帰ってきた。
それもビックリするくらいあっさりと。
昼と夜だけでは何かが足りないとみんな気づいたからだ。
ボクは最初から反対だった。
だって、あのオレンジ色に染まる空がなくなってしまうんだから。

やっぱり人間っていいな。
ベランダで、夕方を楽しみながらグラスを傾けた。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属



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