北くんのこと
北くんは、しゃべらない。
先生があてても、なにもこたえない。
にこにこも、かっかもしない。
いつもじぶんのせきで、えをかいている。
北くんは、なかない。
このあいだ、きょうしつで、
ごとうが、北くんにK1のわざをかけた。
北くんは、まっかなかおでがまんしていた。
ぜんぜん、なかなかった。
だから、ごとうは、くやしがった。
つぎの日、ごとうやたちばなが
北くんをなかせようと、
北くんのほっぺたをおもいきりつねった。
つめがほっぺたにくいこんで、ちがでた。
つねっていたところが、あおくなった。
なけよ、なけよ、と、ごとうがいった。
でも、北くんは、なかなかった。
ギブアップとも、いわなかった。
北くんがなんでしゃべらないか、しってる?
と女子がうわさしていた。
北くんて、おかあさんがびょう気で、そのびょう気がなおるまで
こえをださないっていうやくそくを、かみさまとしたらしいよ。
べつの日のひるやすみ、ごとうが、
また北くんにK1のわざをかけようとした。
すると北くんは、ごとうのかたにとびのった。
それでごとうのあたまをあしではさむと、すごく大きなおならをした。
すごく、くさかった。すごくすごく、くさかった。
くさすぎて、ごとうが、なきだした。
北くんは、わらいもせずに、じぶんのせきにすわって、
またえをかきはじめた。
2がっきのとちゅうの日、きたくんががっこうを休んだ。
おかあさんのおそうしきにでるためだった。
そのあと、1しゅうかん、北くんはこなかった。
北くんががっこうを休んだのは、はじめてだった。
北くんがつぎにがっこうにきた日のあさ、せんせいが、
北くんはてんこうすることになりました、
ふくいけんのおばあちゃんのところにいくのです、といった。
せんせいは、北くんを、きょうだんによんだ。
北くん、みんなにむかってなにかひとこと、ごあいさつしてくれない?
と、せんせいがいっても、北くんは、なんにもいわなかった。
もういちどせんせいが、北くん、おねがい、というと、
北くんはみんなにむかって
「ばあああああか」
といった。
はじめてきく北くんのこえは、すごくかすれていた。
それから北くんは、なきはじめた。
だれも、とめなかった。
ごとうも、なにもいわなかった。
しぎょうのチャイムがなって、
せんせいがこくごのじゅぎょうをはじめても、
北くんは、なきつづけた。
だれにもじゃまされず、大きなこえで、なきつづけた。
出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー