岩田純平 2015年4月5日

1504iwata

「お父さんへの手紙」

          ストーリー 岩田純平
             出演 高田聖子

女 :お父さんへ。

お父さんと暮らして、8年がたちました。

いまでも初めて会うた日の
お父さんの手の感触を覚えています。
肉厚でしわしわで、男のこぶしって感じ。
意外と苦労してきはったんやろな、って。
   
最初はお父さんのこと
怖い人かと思てました。
いっつもむすっとした顔で帰ってくるし、
あんまり喋らへんし。
   
最初に笑った顔を見たのはいつやったかな。
たぶん、あの日や。
玄関をあけたと同時に電話がかかってきて、
その相手が孫のたっくんで。
「じいじは元気でちゅよー」
って普段聞いたことない声出してはった。
   
くしゃくしゃっと笑うお父さんが、わたしは好きでした。
   
普段は
会社でいいことがあっても、
嫌なことがあっても、
それを家には持って帰らずに、
お父さんは玄関にぜんぶ置いていく。
   
せやから、
そういうお父さんの顔は
わたししか知らへんねん。
   
たまにわたしのほうを向いて、
ふっと笑ったりする。
何にも言わへんけど。
   
お父さんが帰ってくるだけで、
わたしは明るくなれた。
お父さんはわたしの恩人やと思います。
   
そんなお父さんとの暮らしも、
もうおしまいです。
   
今日はお父さんの定年の日。
長かった単身赴任を終え、
お父さんが家族の待つ家に帰っていく日です。
   
いままで本当に楽しかった。
お父さん、ありがとう。
あっという間の8年間やった。
わたしはしあわせ者です。 

お父さん、部屋の片づけ終わったのかな。
あとは
わたしを消して出ていくだけかな。
   
じゃあ、いつものように。ここで。
さよなら。
   
   パチッ きゅっきゅっきゅ。

女  :そう。私はLED電球。玄関の電球でした。
    
お父さん、ほんまにありがとう。
もし生まれ変わったら、
わたしはまた、
お父さんの家の電球になりたいです。

    きゅっきゅっきゅ パチッ

女  :・・・・あ、お父さん。
    
広い玄関。
ここは・・、お父さんの実家やな。

それに、この子は・・・、たっくんやな。
あ、たっくん、さわったらあかん。
電球にさわったらあかんで。
やけどする。

わたしはLED電球。
寿命は10年。

どうやら
わたしも引越しの荷物に入れていただき、
これからは実家の玄関を照らすみたいです。
新しい暮らしでは、
お父さんの明るい笑顔がたくさん見られそうや。

お父さん、ありがとう。
残り2年、よろしくお願いします。

出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/index.html


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