渡辺潤平 2015年4月19日

1504iwata

「Kさんの話」

          ストーリー 渡辺潤平
             出演 齋藤陽介

友人が死んだ。

その知らせを聞いたのは、火曜日の午後のことだった。
亡くなったのは、その前の週の木曜だったと聞いた。
彼は、来年の春には還暦を迎える年で、
30代の僕とは20以上も離れていたが、正真正銘の友人だった。

彼と出会ったのは、新大久保のスナックだった。
ポテトサラダがやたらうまい店だった。
極彩色のネクタイを締め、タバコの煙の向こうで
チャミスルのアイスコーヒー割をガブ飲みしながら、
不思議なこぶし回しでK-POPのヒット曲を熱唱していた。

俺な、昔、演歌歌手だったんや。

酔っぱらうたび、彼は誇らしげにそう口にした。
実際、はるか昔に2、3枚のレコードを出したことがあるらしい。
小さな身体から吐き出されるその野太い唄声は、
しかし、どこか調子っぱずれで、仲間たちはその声に
いっそう酔いを回らせながら、長い夜をダラダラと過ごした。

彼は二度、結婚に失敗し、大阪の印刷会社で営業として働いていた。

新大阪にな、めちゃくちゃ旨い焼肉があんねん。
しかも、1500円もあれば死ぬほど食える。
な、ええやろ。いつ大阪来れる?

顔を合わせるたび、彼は僕にそうやって笑顔を見せた。
かならず行きますよ、連絡します。
そう答えながら僕は、忙しさを言い訳に、
その約束を先送りし続けていた。
彼の死を聞いた夜、事務所のデスクでふとそのことを思い出し、
新大阪の焼肉屋を検索しかけたのだが、
急に後ろめたい気持ちになって、ノートPCを閉じた。

親子ぐらい年が離れた友だちができるっちゅうのはな、
ホンマにうれしいことなんやで。

真夜中のソウル。
ミョンドンの外れにある屋台で、彼は嬉しそうに僕に語りかけた。
去年の暮れ、仲間どうし連れ立って出かけた、
韓国旅行での出来事だった。
僕はそのとき猛烈な尿意と戦っていて、
その言葉を噛み締める余裕などまるでなく、
あまり気のない返事をしたように思う。
それでも彼は、そんなこと気にする様子もなく、
しじみと赤貝の中間みたいな、
貝の煮物にチューチューと吸い付きながら、
「来年もみんなで来ようや」と笑顔を見せた。

初七日の翌日の土曜日。
彼を慕う仲間が、新大久保の小さなカラオケスナックに集まった。
彼がお気に入りだった曲ばかり入れ、そのオケをBGMに、
静かにハイボールを飲んだ。リモコンを操作しながら、
彼がバラードばかり好んで歌ったことに気がついた。
染みるなぁ、こういうの。
一人がポツリと呟いた。

彼の遺骨は、彼の従姉だという姉妹が引き取ったらしい。
彼の故郷が福島であることを、僕はそのとき初めて知った。
一人暮らしだった彼の部屋は、
専門の業者があっという間に空っぽにしてしまったと聞いた。
ご自慢のクロームハーツのブレスレットは、
どこへ行ってしまったのだろう。

不思議なこぶしを回すあの唄声を、もう二度と聴くことはない。
刺すように冷たい風が吹きすさぶ大久保通りを一人歩きながら、
そんなことを考えた瞬間、胸に中ぐらいの穴が、音を立てて空いた。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属



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