僕はトマトを食べなかった
僕はトマトを食べなかった。
彼女はトマトしか食べなかった。
だから、一緒にサラダを食べるにはいい組み合わせだった。
僕はレモンとバジルの利いたドレッシングが好きで
それは彼女も同じだった。
だからひとつのサラダボウルに
彼女のトマトと僕のセロリが仲良く同居するのは
まったく差し支えがなかった。
彼女は毎日サラダをつくった。
僕の好きなセロリとアスパラガスにトマトが加わると
明るく陽気な色彩になった。
彼女はときどき僕にトマトを食べさせようとする。
トマトを食べないとカラダの酸化が進むというのが
彼女の言い分だった。
酸化はつまり老化のことで、
僕たちの星に生まれたものは
有害な酸素を呼吸しながら生きて
酸素のせいで病気になり、酸素のせいで年を取って死ぬ。
問題は酸素なのよ、と彼女は言う。
だからトマトを食べなくては、と言う。
その通りだった。問題は酸素だ。
しかし、トマトとは逆の意味だった。
この船には広い居住空間があり
一生かかっても食べきれないほどの食料が積まれているが
酸素にやや問題があった。
つまり、現在は予備の酸素発生装置を使っているという
危機的状況にあり、
老化以前の生存の問題に直面しながら
次の星の港へ全速力で向かっている最中だったのだ。
トマトを食べなさい、と、今朝も彼女は僕に言う。
僕は何も答えずにセロリを食べ、トマトを残した。
どうして僕たちのカラダは
酸素のせいで年を取って死ぬのだろう。
そのくせ、酸素を呼吸しないと生きられないのはなぜだろう。
そして、予備の酸素発生装置はどこまで持つのだろう。
次の港へ向かって全速力で飛びながら
僕は酸素にこだわりつづけ
彼女はトマトにこだわりつづけている。
今朝のドレッシングはゴルゴンゾーラチーズの味がした。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/