岩崎亜矢 2015年8月2日

1508iwasaki

「パーフェクトなサラダからはじき出されて」

        ストーリー 岩崎亜矢
           出演 地曵豪

1977年11月。男は今日も、人だかりのできた扉の前に立つ。
けれどその奥に広がる光景を、彼は知らない。
だって男は決して“パーフェクトなサラダ”にはなれない存在だから。
扉の前では、ドアマンのマークが「またあいつか」という顔を
してちらりと彼を見る。
毎晩“パーフェクトなサラダ”、つまりはゴージャスでノリのいい人間で
ダンスフロアを埋め尽くすようにと言いつかったドアマンにとって、
たとえ一張羅のスーツに身を包んだところで、男は意味のない人間なのだ。
この店の“ヴァイブ”に相応しくないと、
マークやオーナーのルベルに判断されたら最後、
あのドアの向こうに足を踏み入れることは許されない。
54丁目254番地にそびえる、スタジオ54。
リッチなだけでもダメ。ホットなだけでもダメ。
特別ななにかを持っている人間だけが、あの狂騒の住人となれるのだ。

しかし男には、作戦があるらしい。
勤務先のバーで耳をそばだてて仕入れた情報が本当ならば、
この建物にはガードマンの死角となった裏口があるという。
中にいる人間のほとんどは酒かドラッグで意識なんてないも同然だから、
外のガードマンたちをかわしさえすれば、
そこから中に入るのはそう難しくないというのだ。
裏口へと回り込む算段を男が立てていると、
ショートカットの見知らぬ女が近づいてきた。
そして彼の手を取ると、すいすいと裏口へたどり着き、扉を開ける。
あっけにとられている男を引っ張り、
女はそのまま慣れた様子で暗い廊下を進んでゆく。
もう一つの扉を女が開く。
その途端、ありえないほどの歓声と爆音の
ディスコ・ミュージックが飛び込んできた。
音楽とドラッグとセックスが充満するフロア。
トップレスの女の子たちが、Chicの「Le freak」に合わせて腰をくねらせる。
夢にまでみた光景が、男の目の前に広がっている。
奥のソファでは、アンディ・ウォーホルがジェリー・ホールに
シャンパンを注いでいる。
念願のサラダボウルの中身に、男はようやくなることができたのだ。

ダンスフロアで踊る、男と女。
さて、この女は誰だったろう? 男は考える。
勤務先のバーの常連だろうか。しかし、こんな美人を俺が忘れるわけはない。
男は女に答えを求めようとするも、
彼女は人差し指を口に当て、ニッと笑みを返すばかり。
まあいいじゃないか。名前なんかここでは必要ない。
ファンキーなリフに合わせれば、いつしか体は浮き上がる。
そうして、最高潮の興奮を彼らは手に入れるのだ。
男と女は、キスを繰り返す。レコードは回り続ける。
どうせいつか人生が終わるならば、こんな夜で終わってほしい。
男は心から願う。

朝のざわめきと太陽の眩しさで、男は目を覚ます。
何があったのか、なんとか脳みそを働かせようとする。
しかしわかることはと言えば、
自分がゴミ捨て場に倒れこんでいるということ。
右頬や脇腹がやたら痛むということ。
一張羅のスーツはひどい悪臭を放っているということ。
裏口からの侵入がばれて追い出された、というところか。
では彼女は? 彼女も一緒に追い出されたのだろうか。
男は辺りを見回しながら、ぼんやりと、キスをした女の顔を思い出す。
その口元、鼻、目…。
そしてはたと気づき、呆然とする。
あれはウォーホルのミューズ、イーディ・セジウィック以外の
何者でもないじゃないか。
1971年に薬物の過剰摂取で亡くなった、あのショートカットの妖精。
彼女の死にメディアは大騒ぎをしたけれど、それももう古い話だ。
ひとたび夜の帳が下りてしまえば、
人間と亡霊との間の線引きなんてあやふやなものかもしれない。
男は妙に納得して、家へと歩き出す。

そして今夜も、一夜限りの栄光を手にしようと、
その扉の前には人だかりが生まれる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html


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