「最後の言葉」
「ありがとう。真紀子」
苦しそうに呼吸をしていた父が、
突然、穏やかな表情になり、
母を優しく見つめて言った。
まるでそれは、
地図を片手に見知らぬ土地をさまよい歩き、
へとへとになって顔を上げると、
ずっと目指していた所が目の前にあった。
そんなほっと安心したような表情だった。
そして、またそれは娘の私には一度も見せたことのない、
愛しい女を前にした、恋する男の顔だった。
「ありがとう。真紀子」
そう言って父は、静かに息を引き取った。
67歳だった。
泣き崩れるかと思ったが、
母はただ茫然とそこに立ち尽くし、
じっと父の顔を見つめていた。
3年間、癌に苦しんできた父の介護を続けてきた母の、
ベッドの横に立つ後姿は、驚くほど孤独に見えた。
生きているような穏やかな表情の父と、
亡くなったように表情を失った母。
母も私も、そして私の夫も息子も、
病室にいる誰一人、泣くことなく
そこに立ち尽くしていた。
父の容態が悪化したと
母から電話をもらい、
ホスピスに向かったのは
夜中の2時を少し過ぎた頃だった。
癌が末期のステージに進行していた父は、
半年前からこのホスピスで治療を受けていた。
むずがる4歳になる息子を連れ、
夫の運転で車をホスピスに走らせた。
大きな嵐が来ていた。
激しい雨が病院に急ぐ
車のフロントガラスを叩く。
この嵐が去るのと同時に、
父はこの世を去るのではないか。
どういうわけか、私にはそう思えてならなかった。
病室に入ると、嵐の雨と風のように
父は激しい呼吸を繰り返していた。
ベッドの横で、父の魂が体から抜け出てしまうのを
なにがなんでも防ごうとするかのように
母は父の肩を押さえつけ、声をかけ続けていた。
思えば父と母は、
娘の私から見ると恥ずかしいぐらいに
仲のいい夫婦だった。
元気だったころ、父はぽろっと私にこう言ったことがある。
「俺は母さんしか知らないからなあ」
私は顔を真っ赤にして、なにも聞こえなかったふりをした。
どうしてひとり娘を前に、突然あんなことを父は言ったのか。
今、考えてもさっぱりわからない。
「ありがとう。真紀子」
その最後の言葉は、
父の最後の呼吸でもあった。
ただ、最大の問題は母の名前は真紀子ではなく、
直美であるということだった。
真紀子とは誰なのか。
私の知る限り、親類、知人に真紀子はいない。
朦朧とした意識の中で、父は何を見ていたのか。
誰と一緒にいたのか。
どんな幻が、父を恋する男の顔にしたのか。
真紀子という名前に、母は心当たりがあるようだった。
あれから数年経って母は
「最後にどうして間違えるのかしらねえ」
と苦笑いをしながら羊羹を切った。
でも、私はときに思うのである。
人生の最後に、朦朧とした意識の中で、
私も父と同じように大切な何かを、
間違えてしまいやしないか。
それは夫に対してかもしれないし、
息子に対してかもしれない。
「でも、あのときのお父さん、すっごくかっこよかったわよねえ」
そう言って茶をすすっていた母も、今年亡くなった。
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/
恋する男の顔は、お母さんに向けたものかと思っていました。
真紀子という名前の謎が分かった時、家族が無言になったことや最後の言葉の理由が分かりました。
お父さんにとって、その女性はどんな関わりがあったかは分からないけど、全てを諭して笑っているお母さんの愛の深さが、ステキだなぁと感じました。