直川隆久 2015年11月15日

1511naokawa

ニュータウン

ストーリー 直川隆久
出演 遠藤守哉

谷口が失踪した理由を、書いておこうと思う。
が、若干こみいった話でもあるので、順を追わせてほしい。

一月ほど前。
あいつがアメフト部の合宿への参加を頑なに拒むので、
部長の俺が説得にあたることになった。
谷口は、比較的俺には心をひらいている気がしたし、
俺もそのつもりではいたのだ。
一人暮らしのワンルームに谷口を呼び出した。
寡黙ながらグラウンドではいつも練習熱心な谷口が、
どうして合宿にだけは参加したがらないのか。
疑問を素直にぶつけた。
谷口の口はいつも以上に重かったが、ついに根負けし、
「部長にだけ話します」と事情を語り始めた。

「ひかないでほしいんですけど」
「なに?」
「タトゥーっていうか彫り物っていうか…
わりとでかいのがオレ、背中にあって…」

びっくりした。まさか谷口がそういうタイプの人間とは思わなかったのだ。
が、納得もした。
谷口がロッカールームではいつも壁際で着替え、
練習のあとはシャワーを浴びずにそそくさと帰るのはなぜかと
前から不思議だったからだ。

「まあ昔どういうことがあったかは知らんけど、過ぎたことは…」
俺の言葉を聞き終わらないうちに、谷口がTシャツを脱ぎ始めた。
屈強さを誇るアメフト部の中でも
ひときわ量感のあるその背中をこちらに向けると…
一面に、妙に、込み入った模様があった。

…地図だ。
しかも、住宅地図。

右肩甲骨のあたりに四角い枠があって、
その中に「けやき台3丁目地図」という文字があった。

「おまえ…この地図…」
「オレの生まれた町です」
「それを…なに、タトゥーにしてるわけ?…なんで…?」
谷口はいつになく言葉数多く話し始めた。
何か抑えていたものが堰を切ったかのように。
「…2020年頃に、ニュータウンのゴーストタウン化っていうのが
日本のあちこちで問題になったらしくて…
で、オレの生まれたけやき台ってとこなんですけど、
なんていうか…ちょっとおかしな自治会長がでてきたんですよ」
「おかしいっていうと…」
「まあ、一言でいうと、宗教っぽいっていうか…
最初はふつうの…むしろ、立派な人だったらしいんです。
子育て支援とか行事とかいろいろやったせいで、
町にだんだん活気が戻ってきて…
うちの親なんかはそのあと移り住んだんですけど。
でも、その自治会長がだんだんおかしくなっていって…」
「…どんなふうに…?」
「誰かが引っ越そうとすると、いやがらせをするんです…
集会に呼び出して何時間も問い詰めるとか…
そのうち、住民がその人の思うように動かされるようになってきて…」
「洗脳?」
「そう…ですね。ニュータウンの住民って、なんだかんだ言って
価値観も似てるから、染まりやすいのかも…
で、住民が全員、自分が住んでる家の周辺の地図を
刺青(いれずみ)させられたんです。
『けやき台魂を注入するために』って」
「…なにそれ…」
バカのようにぽかんとしている俺に
「星印のとこ」
と谷口が言いながら、もう一度背中を向ける。
腰のあたりに黒い★印がある。
「…ここがオレの家なんです。3丁目15の3」
「…」
「おまえの居場所は一生ここだ、っていう刻印なんです」
「一生?」
「故郷に忠誠を誓え、っていう」
「これ…いくつのときやられたの?」
「小3です」

カルト自治会長、肌に彫られた住宅地図…という組み合わせが
俺の理解の範疇を超え、なにかできの悪い冗談を聞いているようだった。
でも谷口はそんな冗談をいうやつじゃない。
まだ子どものときに無理やりこんな刺青をされるなんて、
ひどすぎる経験だ。どれだけ痛くて苦しかっただろうか。
「警察は?」
「だめです…ばれたら、ただじゃすまない」
「でも、谷口、おまえは今そこに住んでないわけじゃん。それは…いいのか?」
「よくないです」
と谷口は曖昧に笑った。
「オレの両親がオレを逃がしてくれたんです」
だから、自分はこの彫り物を迂闊に人に見せられないのだと言った。
それがばれると、連れ戻されるからと。
両親はどうなったんだときくと
「わかんないです。ぜったいに連絡とるな、って言われてるんで」
と言って谷口はうつむいた。

・・・・・・・・・・・・

それから何週間かたったある日、ポストに、手書きのメモが挟まれていた。
谷口からだった。走り書きで
「自治会長に見つかりました 検索リレキからかぎつけられたみたいです
仲間はみつけてあります このメモはトイレに流してください」とあった。
そして最後に「合宿、いきたかったです」と書き加えてあった。

・・・・・・・・・・・・・

重苦しい数日が過ぎた。俺は、どうすることもできなかった。
部の連中も、谷口が何も言わずに消えたことを不審に思い、
何か言ってなかったかとしきりに尋ねたが、
俺は沈黙するしかなかった。

ある日の朝パソコンを開くと、「ニュータウンで原因不明の大火」という
ネットニュースの見出しがあった。
何か予感がしてクリックすると、
「けやき台」の文字が俺の目に飛び込んできた。

「A県X市内のけやき台ニュータウンの複数箇所で火災が発生し、死傷者数82名に及ぶ大惨事となった。12棟が全焼、28棟が半焼。死亡した住人の中には、コミュニティ・デザイナーであるM山K彦市(65)がいた。M山氏は自治会の長としてこのニュータウンの人口減少を食い止め、一時期メディアでもとりあげられる手腕家であった。家屋の損壊の様子が通常の火災よりも甚だしいことから、重火器の使用の可能性があったとみて、警察は調べを進めている」…

俺は谷口の名前を必死で検索した。
死亡者リストの中に谷口の名前がないことを確認してから、
あいつが「仲間」と書いていたことを思い出した。
ひょっとしたらやつは、同じ思いをしたけやき台の人間と力を合わせて
「反乱」をおこしたのだろうか。
俺は…谷口のことを知っているようで何も知らなかった。

練習が終わってワンルームに帰り、ポストを開ける。
まだ谷口からのメモは入っていない。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 


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