古川裕也 2015年11月22日

1511furukawa

にほんについて

    ストーリー 古川裕也
       出演 岩本幸子

ポールとマリーは、ラスパーニュ通りを歩いている。
「週末どうしようか」
 「ごめんなさい。来週展示会があるの。今週は休めないのよ。」
ポールは小鼻を少し膨らませる。
「え。日曜も?」
 「そうよ。週末とはたいていの場合、日曜も含むのよ。」
ポールの小鼻はもう少し膨らむ。
 「キリスト教徒として、それは、どうなんだろう。
  だいいち、そんなにたくさん働いて、まるで日本人みたいじゃないか」
マリーは、ポールの顔を見る。小鼻の膨らみに気づく。
  「あら。あなた日本に行ったことあるの?」
 「ない。」
  「じゃあ、わからないじゃないの、日本人がどのくらい働くかなんて。」
ポールは少し目を剝く。
 「だってみんな言ってるじゃないか。」
  「みんなが言ってるからって、それをそのまま信じるという態度は、
   どうなのかしら。」
ポールはもう少し目を剝く。
 「だって、あんなに遠くにあるんだから、しょうがないじゃないか。
  情報を信じるしか。とにかく日本人は僕たちとちがって、
  やたらめったら働くんだよ。」
  「あなた、日本がどこにあるか知ってるの?」
 「もちろん知ってるさ。」
  「じゃあ、地図書いてみて。」

今日の空は、地中海的に青く雲が低い。
ポールは、足を止め、上を向く。人差し指を立てて、
それを動かして空に向かって地図を描く。
濃い目のブルーバックに、白い線がくっきり浮かび上がる。
東アジアは島の多い地域だったと思うが、ポールの地図には島がない。
マリーは、空を見る。そして、訊く。
  「この場合、日本はどこになるの?」
ポールは答える。
 「ここだよ。この大きな大陸の右端だ。」
  「あなたの地図によると、中国と日本は陸続きなのね。」
 「そうだ。」
ポールは答える。自信満々に。
「だって、日本と中国はほぼ同じものだろ。顔も区別つかないし。」
マリーは反論する。
 「明らかに違う国だと思うわ。その証拠に年中もめてるもの。
  大昔のイギリスとフランスみたいに。
  だいいち、日本は島国じゃなかったかしら。イギリスとおなじで。」

ポールの小鼻が再び大きくなる。人差し指を使って空に向かって、
新しい地図を描く。
今度は、日本が中国大陸からめでたく切り離された。
けれど、その日本は、腰痛もちの明太子のように、
中央部が曲がった楕円形のかたまりだった。そして、中国より大きかった。
マリーは顔をあげて空を見る。
 「あら。ずいぶん大きいのね、日本て。」

ポールは再び目を剝く。
キングクリムゾンのジャケットのような顔になっている。
今度は、マリーが人差し指を立てて、空に向ける。そして、描く。
とてもていねいに。ゆっくりと。ポールの30倍くらいの時間をかけて。

マリーは人差し指をおろす。
ポールが言う。
「君によると、中国はものすごく大きくて、日本はとてつもなく小さい。
しかも、4つの島に分かれているというのか。」
マリーは答える。
 「そうよ。中国はものすごく大きくて、日本はとてつもなく小さいのよ。
  そうよ。しかも、4つの島に分かれているのよ。
  グレート・ブリテンのように。」

西洋が日本を知らないように、日本も西洋を知らない。

マリーの人差し指が描き出す美しく正確な曲線を見て、 
ポールの顔は、よりキングクリムゾン・ジャケット的になっていた。
 

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html

 


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