直川隆久 2016年5月15日

naokawa1605

ベンチ進化論

      ストーリー 直川隆久
         出演 遠藤守哉

 21世紀の中頃、日本中にベンチが大量発生した。
 ふつうならポツンと一台ベンチが置かれていた公園やバス停に、ひしめくようにベンチが集まっている、という不審な出来事が瞬く間に全国に広まったのだった。
 ベンチが集団行動をとるという例はそれまで報告されていなかったので、当初は保健所も無視を決め込んだ。が、新幹線の線路上にまるでアブラムシのごとくベンチが群生しているという事件が頻発するに及んで、国が本腰を入れざるを得なくなった。

 なぜベンチが大量発生したのか?
 ある生物学者は、「生存の危機」をベンチが本能的に感じとったからではないか、と述べた。
 ベンチなるものは場所および維持費用を無駄に食い、人々の怠惰を煽り、社会の生産性を下げる存在である…という国民的合意のもと、21世紀半ば以降新しいベンチが世の中に供給されなくなっていたため、ベンチは絶滅への途上をたどっていた。種の存続が危ぶまれるに及んで、ベンチの生存本能が刺激され、劇的な繁殖活動におよびその結果この大量発生にいたった、というのがその博士の見解だ。
 しかし、その学者もほどなく論文詐称で学会から抹殺されたので、真偽のほどは明らかではない。
  
 事態を打開すべく国内の叡智が結集し、新種のベンチが開発された。座っている人間の頭蓋に商品広告メッセージを響かせるテクノロジーを搭載した「iBench」である。
 iBenchは非常に強い自己複製志向のプログラムを搭載していたので、旧世代のベンチと猛然たる交配を繰り返し、次々と次世代のiBenchが生まれた。
 iBench達は、統率のとれた行動をとり、日本中の歩道を埋め尽くした。歩行者の移動は困難にはなったが、その分あらゆる場所がマーケティング的な意味でのコンタクトポイントになった。iBenchは人々に新商品情報と休憩の時間を惜しみなく与え、システムには平和が戻ったかに見えた。
 だが事態は、収束しなかった。
 地表をうめつくすiBenchに路上生活の場を奪われたホームレス達が、逆襲とばかりにこのiBenchを寝ぐらとして改造し始めたのである。ベンチで寝れば雨の日も地面からの浸水に怯えなくてよいので、都合がよかったのだ。瞬く間に、日本中の歩道がブルーシートで覆われた。政府は業を煮やした。ホームレス達は、可処分所得が0に近いので、いくら商品情報を提供しても、貨幣循環すなわち経済システムの維持に資するところがないからである。
 日本政府は特別予算を計上し、国内のすべてのベンチを撤去することを決定した。
 半年後、政府は事態の収束を宣言した。だが、市民の不安は払拭されたわけではなかった。べンチがいつ国外から持ちこまれ、繁殖しだすとも限らないからだ。
 そこで、生まれたのが「全歩道動く歩道化計画(ぜんほどう うごくほどうか けいかく)」である。すなわち、歩道のすべてを動く歩道にすれば、何人たりともそこで立ち止まれない。ベンチが道を占領しようとしても、押し流されてしまう。おまけに、大量の公共事業が発生する。この夢のような目標にむかって国民の心は一丸となった。
 かくして日本人は、その知恵と決断によって、ベンチの絶滅に成功した。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/



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One Response to 直川隆久 2016年5月15日

  1. 今回の物語もよく聞きました!ありがとうございます!

    なんかこれを聞くと、心が落ち着きます!

    学校で勉強してる時に聞いて、本当に気持ちよくなります!

    今月もありがとうございます、遠藤さん!来月と八月に発売される新作も期待しております!

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