川田琢磨 2016年9月11日

1609kawada

『約束の丘』

   ストーリー 川田琢磨
      出演 地曵豪

「僕の親友が、明日この世界から引退します!」
広場の真ん中で、誰かが叫んでいた。
声の主は、真っ赤な鎧に身を包んだ青年。
大きな剣を携えた少女や、通りすがりの妖精たちが、
彼の声に耳を傾けている。

「僕の親友が、就職することになりました」
「だから、明日を最後にこのゲームをやめるそうです」

そう、これは、とあるネットゲームで起こった、
ちょっとした出来事の話。
架空の世界の街なかで、彼はこう続けた。

「僕がこのゲームを始めてから、ずっと一緒に冒険してきた親友を、
 最後にみんなで送り出してあげたいんです」
「明日の夜11時、町のはずれにある丘のふもとで送別会をするので、
 どうかみなさん、集まってください」

たかだかゲームをやめるくらいで、ずいぶんと大袈裟な。
しかも見ず知らずの人の送別会に行く人なんて、いるわけがない。
そんな私の思いとは裏腹に、赤い鎧の青年の呼び掛けは、
明け方までずっと続いていた。

翌日、彼らのことが気になって、約束された場所の様子を見に行った私は、
信じられない光景に思わず立ち尽くしてしまった。
町はずれの丘のふもとに、何十、何百という人たちが、
たった一人の門出を祝うために集まっていたのだ。

突然、その中の一人からアイテムを渡された。
花火だ。昨日の呼び掛けに応じた誰かが、
何百発という花火を用意してきたそうだ。
キミも彼らの友達なのか、と尋ねると、話したこともないという。
なぜ、彼らのためにそこまでするのかと聞いてみた。
「このゲームが好きなもの同士だから」
そんな答えが、返ってきた。

夜11時半、丘の上に、彼らがやってきた。
真っ赤な鎧を身に纏った青年が、後ろの親友に声を掛ける。
「丘の下を見て」
そこに見えたのは、大勢のキャラクターで作られた、
「おめでとう」の人文字。
「せーの」の合図で、私たちは一斉に花火を打ち上げた。
パソコンのディスプレイの向こうに広がる、真っ暗なゲーム画面の夜空が、
無数の花火と激励のチャットで、これでもかというくらいキラキラと輝いた。

青年が親友に、最後の言葉を贈る。
「キミがいなければ、どんな魔物も倒せなかった」
「キミがいたおかげで、毎日が本当に楽しかった」

さらに青年は続けた。
「キミの顔も、本当の名前も、俺は何も知らない」
「だからきっと、もう二度と会うことはできないだろう」
「最後にこうして、ちゃんとさよならが言えて、本当に良かった」

長い沈黙のあと、親友が口を開いた。
「僕は今日でこのゲームを引退するけど」
「このゲームで遊んだ思い出は、ずっと忘れません」
「みんな、本当にありがとう。さようなら」

午前0時ちょうど。そう言い残すと、
親友のキャラクターはフッと消えた。
画面には、彼がログアウトした表示だけが残っていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html


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