直川隆久 2017年8月6日

naokawa1708

星の下で寝ること

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

野宿ってしたこと、あります?
おれ、一度やってみたことがありましてね。

大学時代に、東北に旅行に行ったんですよ。
え?いや。一人で。
8月頃。
遠野とか、いろいろ、いくつかまわって。
だいぶ記憶がおぼろげなんだけど…
でも、その野宿のことは妙にはっきり覚えてるんですよ。

あれは何日めだったかな…秋田駅…だと思うんだけど、着いたのが夜で。
駅でると、ちょうどいい感じに涼しくて、星もきれいに見えてね。
ふと、天の川の下で寝るのもオツだなあと思ったんですよ。
よし、じゃあ、きょうはもうこのまま野宿といくかと。
え?いや、なんかね、その時期、学生でしたからね、
旅行は貧乏旅行じゃなきゃいけない!っていう、
ま、へんな思い込みがあったんですよ。
だから「どっかでいっぺん野宿するぞ」ってあらかじめ決めてた…のかな。
今思うと、よくわからない決意なんだけど。
で、ウィスキーの小さいボトル買って…
いや、ほら、貧乏でも、体はあっためたいからね。
ま、あと、入眠剤替わりに。
そうそう、一番安いの買って、駅の外のベンチに横になったわけです。
で、まあ、ちびちび飲んで…12時くらいかな、いい具合に眠気、来て。
目つぶったんだけど…

こわいんだよね。
こわいんですよ。
やっぱり、寝るって…寝て、目つぶっちゃうって、
究極の無防備じゃないですか。
あ、こんなにこわいもんか…と目閉じて初めてわかったな、あの感じは。
足音がむこうのほうでするでしょ?
とさ、いちいちどきっとするんですよ。
こっちに向かってくるんじゃないかな、とか。
警察かな、とか。
強盗かな、とか。
昼間、電車の中で寝るのは、それは、抵抗ないんだけどね。
夜、自分だけが路上で寝てるってのは、感覚が別次元だなと。
というか、まあ、自分の神経の細さにびっくりした。

できそうでできない、ってことですよ。

それ考えると、ホームレスの人たちって、
やっぱり、あんまり夜よく寝られないんだろうね。
うん、乱暴な連中に襲われるとか、実際あるでしょ。ねえ。
いくら慣れたって、やっぱり、安眠はできないですよ。

それと…一番自分でも意外だったのが、
星が目の前にあるっていうのは、意外と落ち着かないんだよね。
なんていうか…空って、底なしでしょ。
いや、こっちが空の底にいるとも言えるんだけど、
まあ、宇宙には別に上も下もないから。ね?
むこうが底ともいえるわけですよ。
ていうか、むしろ、底がないわけだよね。
果てしなく、ずっと、空間が続いてるのって、
やっぱりこれも、ちょっとこわいんだよな。

昔の人間は、みんな星の下で寝てたわけでしょ。図太いよねえ。
でも、もう、おれたちにはできないですよね。
え?わたしはできます?
さあ。どうかな…どうですかね?

星の下で寝る、ってのは言葉としてはさ、ロマンチックだけどね。
そういうロマンチックをやるには、
もう神経が過敏になりすぎてるんですよ。ワレワレは。
これは、人類という種にとっては大きな退化なのではないか…
ていうと、大げさですか。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)


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