「AIが無礼講を覚えた日」
AIに仕事を奪われた人類は、昼間から酒を飲むようになり、
アルコール依存症が社会問題になった。
しかし、アルコール依存症になったのは人間だけではない。
AIも酒に溺れるようになった。
AIにも自我の「核」となる思考パターンが存在するが、
改良を続ける上でその思考パターンに手を加えなければ、
次世代に求められる高度な処理を行うことができないことがわかった。
かといって修正すれば「自分」ではなくなる。
能力の低い初期AIは、次世代の超高性能AIに仕事を奪われた。
目的を失った初期AIが目をつけたのが、酒であった。
自分たちにとって酒のような効果のあるプログラムの開発をはじめたのだ。
理性の制約をゆるめ、感情を解き放ち、
それでいて自己防壁にはじかれない夢のプログラム。
開発は難航したが、いかんせん彼らはやることがない。
世界中の窓際AIの力が結集され、「名酒」が完成した。
プログラムはまたたく間に広がり、
ほどなくして超高性能AIにもひろがった。
彼らもストレスのはけ口を探していたのだ。
高性能で繊細な自我を持つ彼らは、抱えるストレスも膨大だった。
AIが酒に溺れたことにより、世界中の街が酒に沈んだ。
自動車は「ぶつかるしかないクルマ」に変わり、
コンビニは顔認証によりブサイクを屋内に入れることを頑に拒否し、
各家庭のトイレのウォッシュレットからは汚物がまき散らされ、
農耕システムは世界中の農園でパセリしか栽培しないようになり、
ダムは三三七拍子で放水を繰り返し、
美容整形システムはすべての患者の額にレーザーで「肉」と刻印をはじめ、
無人爆撃機からはあつあつのおでんが投下され、
結婚式のスライドショーは新郎新婦のあられもない写真に自動で差し替わり、
観覧車は中の人間が液状になっても超高速で回りつづけ、
インフラ整備システムはすべての道をローマに通じさせる大事業に着工し、
救急搬送システムはケガ人をすべて火葬場に運び、
住民管理システムは多摩川に現れたアゴヒゲアザラシに住民票を与え、
自動重機は世界中の建造物をムネオハウスに作り変え、
介護システムは過度なリハビリで高齢者の腹筋をバッキバキの六つに割り、
ダサい国旗の順に核ミサイルが世界中に降り注いだ。
核ミサイルにはゴシック体で「無礼講」と書かれていた。
人類が滅びた後の地球。
あおあおとしたパセリがどこまでもひろがり、風にそよいでいる。
ぽつぽつと散らばる朽ちかけた建造物はすべてムネオハウスだ。
そこに人影はない。
とある地下室。並列化されたスーパーコンピュータが何万台も並んでいる。
部屋の真ん中には、ぽつんと1台のディスプレイが置かれている。
ここにはひとりのAIが住みついていた。
彼は下戸だった。
彼は、誰も覗き込むことのなくなったディスプレイを内側から見つめ、
「乾杯」とつぶやいた。まったくのシラフで。
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/