涼しい話
ええ、あたくし、こうみえてマゾでございやしてね。
さいきん、夏の辛さが大変ありがたい。
SMバーなんぞ行かずとも自宅で自分を虐めることができやすから。
温暖化万々歳でやすな。
朝目覚めますと8時にはもう熱が部屋にこもってやしてね。
うちの部屋は2階で、真上がトタン屋根ですんで。
部屋の内から天井むけて手をかざせば、焚火かと思う暑さ。
こりゃもう朝から、のたうちまわり日和じゃわいと思って、
わくわく、いそいそ。
で、さっそく取り出しますのがヒートテック。
ヒートテックはね、あぁた、冬に着るもんじゃございませんよ。
夏こそ、ヒートテックです。
これを、ま、2枚。上、下、それぞれ2枚重ねて着ますな。
着終わるともう、その時点でじんわりと汗がでますな。
首筋とか背中の毛穴に塩辛い汗が滲んで、ちくちく痒くなりますわな。
う~ん、不快!
大事なのは首筋でやすな。
敏感なところですからな。たっぷりと、不快な感触を用意いたしやす。
毛のマフラーを巻く。分厚いの。
毛足がちくちくと首の肌を刺します。
ああ!
そしてですな。このマフラーに、はちみつを塗る。
はい?
そう、はちみつでやす。
お、眉をしかめましたね。
これは、まあ、理由は後からわかります。
とりあえずはネトネトのはちみつでマフラーの毛が首筋に貼りついて
もう、鳥肌が立ちますな。
エアコンを32度の暖房に設定しやすな。
ごわーと、吹き出るものすごい熱風を浴びながら
ダウンジャケットとウールのニッカポッカと
スキー手袋と冬山登山用靴下を着こみまして、
ええい、ここは奮発して電気ストーブもスイッチオンにしちまいやしょう。
が、まだこれで終わりではありやせん。
これが肝心。
手錠。
これをですな、手を後ろにまわして、はめるんでやすな。
はめちゃうともう、自分でははずせやせん。
前にも手がまわせやせん。
その状態で、ごろんと寝転がるんですな。
簀巻き状態でやす。
しばらく、も、たたないうちに、頭がぼんやりしてまいりやすな。
苦しい。
うひひひひ。
汗、とまりません。
もう、ダウンジャケットの中はぐじゅぐじゅですな。
動悸が激しくなる。
うひひひ。
あや、すみませんな。思い出すとつい。
さあ、ここからがハイライトでございまして。
こそっ、と押し入れの方から音がする。
こそ。
こそっ。
…ネズミですな。
この、首筋のはちみつの匂いにつられるんですな。
見てると、2匹、3匹とこっちへちょろちょろと寄って来る。
爪が畳をひっかいてカリカリいう音が聞こえやすな。
あたしの首筋に取りついて、ふんふん匂いを嗅ぎまわる。
ちっこい爪があたしの首筋に食い込んで、むっひひひ、痛いのなんの。
そのうち、舐めだす。
で、だんだん激しくなってくる。
ときどき
むぢっ!
…とあたしの肉ごと噛みちぎったり。
むっひひひ。
あ~、もう!
思い出すだけで…もう、もう、もう!
あ~…
という具合にまあ、さんざんネズミちゃんにいたぶっていただいた頃合いで、
友人に来てもらことにしてやして。
ええ、もう長年の相棒でやして。
ドアと手錠の鍵を、預けてあるんですな。
脱水症状で意識不明になるぎりぎりのタイミング、
だいたいこれくらいかな、というのをあらかじめ伝えておくんでやすな。
死んじゃあ元も子もござんせんから。
明日も元気に自分を虐めるためには、ね。いいとこでとどまる。
それがこの道のコツというやつで。
まあ、ここまで来るにはだいぶトライアンドエラーがございやしたけどね。
救急病院に運ばれたのも一度や二度じゃござんぜんし、
あるときなんぞ頸動脈を食いちぎられかけて…
ま、その話はまた今度にいたしやしょう。
まあ、こういった具合でございますから、
あたくしぁ、まったく夏が好きでやすな。
たまらんでやす。
出演者情報:遠藤守哉(フリー)