どこにも行き場所がないなと感じたとき、
あい子はこの公園に来る。
あてもなく雑木林の中を歩きまわる。
落ち葉を強く踏みつけて歩くのは、
別にむしゃくしゃしているわけではない。
何か用があって急いでいる風を装っているのだ。
そういう歩き方が身に付いてしまった。
そのうちここではそんな風に装う必要はないのだと気がついて、
ようやく歩度を緩めた。
透明になっていたあい子が、
クヌギの木とナラの木の間で姿をあらわしはじめた。
背中の赤ん坊が「葉っぱ、葉っぱ」と声を上げた。
もっと葉っぱを踏めと言うのだ。
あい子はあわてて再びどしどしと歩き出す。
枯れ葉色の景色が後ろに流れていく。
世界中にこの子とただ2人っきりだと、あい子は感じる。
葉っぱの中からトシさんがあらわれて、伸びをした。
ビニールシートでできたトシさんの家に落ち葉が積もっていた。
トシさんには帰る場所も行く場所もない。
たとえ居場所がなくても人はどこかには居なければならないわけだが、
どこに居ても追い出されてしまったのだ。
乾いた落ち葉がホウキでひっかかれて風に飛ばされていくように、
あちこちに飛ばされ飛ばされして、トシさんはこの公園にやってきた。
さっきトシさんの耳もとを誰かが落ち葉を踏む音を立てて通り過ぎていった。
トシさんはきょろきょろと辺りを見回すが、人の姿は見えない。
ただ落ち葉の地面についた小さな足跡だけが雑木林の向こうへと続いている。
(自分も昔はあんな風に歩いて行く所があったものだ)
トシさんは大きなあくびをしてから、またビニールシートの家に潜り込んだ。
その上に枯れた木の葉が降り注ぎ、やがてトシさんの家は見えなくなった。
雑木林に囲まれて池がある。
水面を覆っていた落ち葉が揺れた。
ぽちゃりと音がして、何か青く光るものがはねた。
ブルーギルである。
ブルーギルはアメリカ原産でフナぐらいの大きさの淡水魚だが、
日本の川や湖に放流されて棲みついた。
水の中にいる昆虫、貝類、ミミズ、小魚まで何でも食べる。
繁殖力が強いためどんどん増えて、あちこちの淡水に広がり、
もともと住んでいた日本のメダカやフナやおたまじゃくしたちは
すっかり肩身が狭くなってしまった。
この池も例外ではない。
しかしブルーギルたちはそんなことは知らない。
与えられた場所で生きているだけである。
二週間後、池の中からブルーギルの姿が消えていた。
市役所の職員や大勢の人が来て、「掻い掘り」というのが行われたのである。
かい掘りとは、池の水をくみ出して泥をさらい、魚などの生物を捕り、
天日に干すことである。
その後きれいな水を入れて、フナやメダカはのびのびと放たれ、
ブルーギルたち外来生物は一匹残らず駆除された。
公園はきれいになった。
雑木林の公園からいなくなったものはブルーギルの他にもあった。
落ち葉の中に住んでいたトシさんと、
ときたま赤ん坊を背負って歩いていたあい子の姿である。