一倉宏 2020年9月13日「月と恐竜」

月と恐竜

ストーリー 一倉宏
出演 西尾まり 

すっかり忘れていたんだ
青い空に 白い月が浮かぶ
そんな日が あることも
ああ そうだった 
小学校の 校庭の鉄棒で
はじめて 逆上がりができた日の
あの放課後の あの空にも

こんな日々だから
よく散歩をする 近頃は
ほんとに 忘れてしまっていたんだ
青い空に 白い月 
そして 鳥たちが 飛び交いながら 
小言をいう 地上の人間たちに 
そんな夕暮れが あることも

あの鳥たちは 恐竜の子孫 なんだぜ
文句も言いたくなるだろう
そうだよな 
僕ら人間どもよりも ずっと
息ながく 巧みに やりくりしながら
この地上を 生きながらえたものとして

小学生だった僕らは まだ知らなかった
恐竜たちが絶滅したのは
恐竜たちのせいではない
彼らが デカすぎて ノロマすぎて
アタマが弱かったから 
ではないってことも

この日々は いろいろなことを
気付かせてくれるだろう きっと

散歩は 気持ちいい
という 当たり前のことも 
それはなぜ と 考えることも

善福寺川沿いの 遊歩道を歩いて
大宮夕日が丘広場へ
それから 武蔵野の自然林を残した
小さな山を越えて 済美山(せいびやま)運動場へ
渡るには 水道道路を越える

世田谷から杉並まで 一直線に
延びている 遠近法は
ある意味で 美しく 
けれど 人工的過ぎて
不安になる

その時
いま流行りの 大型SUVが
疾走してきたんだ 
550馬力の エンジン音を吹き鳴らし
地層から汲んだ 液体の化石を燃やしながら
通り過ぎた その横断歩道には

立ちすくんでいる 怯えながら 
120センチくらいの か細い手足の
オレンジ色の服を着た 小さな歩行者が

夕暮れの空に 飛び立てず
震えている 小鳥のように

ごめんね バカだね 人間て
なに 考えてるんだろうね
わかったような 顔をして

地球も 月も 宇宙に浮かぶ
星のひとつだと知ったのは
つい 数百年前のことで

恐竜たちが 逃げ遅れた 
マヌケな オオトカゲではない
ことを知ったのは ほんとうに 
最近のことで

僕は なんだか 
とても情けなく 
とても申し訳ないような 
気持ちになって

引き返しはじめた 帰り道の
その光は すでに 色を変えつつあり

なま暖かい 海水のようなものが
頬をつたうのを ぬぐいながら
握りしめた拳の やり場もなく

ふと立ち止まり 振り返ったとき
僕は見たのだ

夕空に傾く 大きな月と

銀色の羽毛に 魔法の光を浴びて
燃えるような オレンジ色に輝きながら
翼竜 プテラノドンが
西の空へと 
飛び去ってゆくのを

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー


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One Response to 一倉宏 2020年9月13日「月と恐竜」

  1. 静香 says:

    今現在の当たり前にあるものは、地球が人間のエゴに我慢してできたものも多々あるということ。

    大人になって沢山のものを、無くしたり、得たりしながら、やっと、大切なものが何かを『僕』が教えて

    くれているような、感動が湧いてきました。

    西尾まりさんの『僕』がこころに響きました。 とても素敵な時間をありがとうございました。 

    拙い感想ですみません。

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