「先端」
(全編小さな声でマイク近くで話すイメージ)
しーっ。静かに。声を出さないで。音を立てないで。耳を澄まして。
いま、生まれようとしている。始まろうとしている。
耳が痛くなるほどの静寂の中に、みなぎる始まりの気配。
老いた芸術家が真っ白なキャンバスに今、初めのひとふでをおろす。
そのひとふでの前には、これまで重ねられてきた、
数えきれない筆あとが連なっている。
その先端で、おろされる、新しいひとふで。
若い宇宙飛行士が、真空の月面に今、初めの一歩を踏み出す。
その一歩の前には、太古の昔から続く、
空への思いと技術のたゆまぬ進歩が連なっている。
その先端で、踏み出される、新しい一歩。
母親の子宮から生まれ落ちた赤子が今、初めの一息を吸う。
その一息の前には、星の起源から、連綿と続く命の営みが連なっている。
その先端で、吸い込まれ、吐き出される、新しい一息。
はじまりは、ただぽつんと突然、はじまりはしない。
海面を漂う氷山が、水面下に巨大な体積を隠しているように、
小さな芽吹きが、地下に細かな根を張り巡らしているように、
はじまりのその背後には、そこ至るまでの膨大な時間と無限の営みが
連なっている。
しーっ。静かに。耳を澄ませて。あなたの中にみなぎる気配に。
いま、あなたの中で、何かが始まろうとしている、そのかすかな予感は
ただ、どこからともなく、ふわりと舞い降りた花びらの一片ではなく、
永遠に積み重ねられてきた膨大な力が、鋭く研ぎ澄まされ、
この世に突き出ようとする、その円錐の、小さな先端なのだ。
ためらうことなく、その力に身をゆだねて、
押し出されるように踏み出せばいい。
その一歩は、必然なのだから。
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/